獣医行動科学研究会

目次

行動科学とは。   行動科学の利用範囲

行動とは技術の分析胃洗浄を例に帝王切開を例に 。

行動科学の利用分野診療車の整理の必要性定物定位診療車の整理チェックリスト診療所長のチェックリストでの役割

診療車の中での時間の使い方の行動実行するために情報の処理のための行動三輪車理論

部下を育てる診療所長の行動  農場指導に行動科学を利用する 


行動科学とは

動物行動学というのがありますが、それは動物の行動生態学、生理学、動物社会学、心理学、遺伝学、進化学、数理生物学など、動物の行動がどんな環境や周囲の状況でどう行動するのかを調べます。

獣医師がかかわることは小動物、産業動物の分野ですが、人が望むように動物に行動してもらうためには、どんな環境や刺激をするべきなのか、人と動物がお互いにストレスなく係るために必要なことなどを研究する学問です。

一方、それとは似たような言葉ですが、行動科学という考え方があります。動物の行動ではなく人間の行動を科学する分野です。これはビジネスの分野で利用されていますが、どうすれば成果を上げることができるのか、どうすれば効果的に技術や知識を伝えられるのか、部下の業績を伸ばすためには何が必要か、いいとは、わかっているけど、なかなか継続できない事をどうすればうまくできるのか、などの課題も多くの組織で共通しています。

他の人に仕事を教える時に「うまくやる」とか「徹底する」とかでは、なかなか思うような効果が出ないのが多くの会社で直面する課題です。

獣医師が行動科学を利用することで役に立つケースが多いと思います。


行動科学では教える内容を知識と技術に分けます。

知識とは、聞かれたら答えられること。技術は、やろうとすれば、できることです。
例えば知識とは、補液をする時、どんな病気のときにどの補液剤をどの割合で、どれくらいのスピードで、何リットル入れるのか。ショック状態になった時の対応方法などです。
技術とは、脱水が著しく血管を確保しにくい患畜にどのように血管を確保することができるか、長時間補液する時に、牛の保定方法や補液のセットができるか、アクシデントが起きた時に処置できるかなどです。行動科学では「すべての結果は行動の蓄積である」としています。

「結果が出たのは正しい行動を続けたから。結果が出せなかったのは、間違った行動を続けたから。偶然が結果を左右することはない。」と考えます。

例えば、あるやり方で帝王切開をすると1.5時間かかり術後の母牛の受胎率が70%で。ほかのやり方では1時間で終わり受胎率は90%だったら正しい行動は、当然1時間で終わるやり方です。


また、子牛の死亡率が高い農場を指導する時、どの項目をチェックして、それをどう判断して、農家の具体的な行動をどう決めて、農家に実行してもらうために、どのように説明してやる気を引き出すために、どんな手法をとって死亡率を下げるのか。

成果を出している獣医師の行動を観察していいと感じたら、どんどん真似をすればいいのです。ところが、それが、なかなかできないのです。


「一生懸命に頑張る」とか「根性でする」とか「きっちりする」などは行動科学では、目標とみなしません。数字と日時を入れることで目標とみなします。気合いや根性、意志の力だけでは人間は動き出せない続けられない、と規定しています。


農場などにも、「整理整頓!」「きれいな農場!」などの標語がかかっていることがあります。でも、これで農場がきれいになるのなら苦労はいりません。

重要なのは、整理整頓をするための行動を具体的に示し、習慣化させて、定着させることです。

整理整頓とは、具体的行動の積み重ねがあって、はじめて成り立つものです。精神論をいくらぶっても意味がありません。

なぜ整理整頓が実行に移せず、続けられないのか? 


@目標自体に問題がある

A目標は実現可能でも、『実行し続ける仕組み』がない、その原因はこの2点しかありません。


行動科学の利用範囲

部下の獣医師がうまく診療出来ない時、知識がないのか、知識が不足なのか、知識はあるが技術が未熟な
のでできないのか、知識も技術もあるのにやらないのか。技術は、どの部分が未熟なのか。優秀な獣医師
の行動と比較して「できていること」「やっていないこと」「できているがやり方が未熟なこと」「できるの
にやらない」の区別をすることで、出来ない理由を整理することができます。
上司は、そのできない部分に焦点を当てて指導することで、より具体的に効果的に指導できます。
私が育ってきた時代も今もそうですが、上司が新人を教育する時、新人がうまくいかない時は「早く手術
の判断をしなかったからだ」とか「しっかり、縫合しなかったからだ」とか「術後の消毒が悪かったから
だ」とか「アクシデントに対応する準備をしてなかったからだ」とか「テキパキしてないからだ」とか「場
数を踏まないと無理だな」など重要なポイントは突いているのだけど、具体的に何をどうするのかを示し
てないので新人が習得するのに時間がかかり、また新人によって習得できない場合もあります。
NOSAIの診療所では、中途採用が時々あります。他の診療所で数年間経験を積んでいるから、全部任せて
大丈夫だろうと思っていると、実際は細かいところでやり方や考え方が違っていることは頻繁に起きてい
ます。人によって技術と知識の習得状況が違い、それが診療の質の低下と農家からのクレームにつながっ
ています。他から移動してきた人、経験を積んでいる人ほど入念なチェックが必要です。新人獣医師が採
用され、しばらくの間は先輩獣医師について回りますが、数人の先輩に付くと、付いた先輩によってやり
方も考え方も違うので、どれがいいのかよくわからなかったりします。
診療所内でもベテランと言われる獣医師も、得意な分野と不得意な分野、興味のある分野と興味のない分
野は誰でもあり、人によって知識と技術にバラツキがあります。診療所内の獣医師で質の高い診療かどう
かの確認にも使えます。
上司の「部下が当然できるはず、知っているはず」は禁物です。いくらなんでもこれくらいは知っている
だろう、こんなことはできて当然だなどの上司の思い込みが部下や後輩の成長にブレーキをかけています。
優秀な獣医師の行動と比較して、「できていること」「やっていないこと」「できているが、やり方が未熟な
こと」の割り出しをます。仕事の質と精度を高めることは、すべての獣医師にとって共通する課題です。

大動物獣医師の教育は、一般的に先輩獣医師に数カ月ついて回り、少しづつ一人で診療を回るようにして
覚えていきます。会社組織でも行われているオンザジョブトレーニング(OJT)です。実際の仕事をしな
がら覚えていく教育です。教育される側がクローズアップされがちですが、まず第一に、指導する獣医師
の行動を分解し、「標準化」することが重要です。これが徹底出来ていないと、先輩獣医師によってやり方
や考え方が違い、教育される方が混乱をきたしてしまいます。ですので、OJTを始める前に必ず指導内容
を細かく分解したマニュアルを作成し、指導する獣医師の間で共有することが必要なのです。そして、実
際にOJTに入った後も、指導内容が標準化できているかどうかの確認を定期的に行うことが大切です。

診療所で当たり前に使っている言葉ほど、行動の分析と具体的な表現への置き換えが必要です。例えば「し
っかりと消毒する」「きれいな白衣を着る」「長靴をきれいに洗う」「農家への説明を充分にする」などです。
たとえば「しっかりと消毒する」ということは、ほとんどの獣医師が注意している事です。ところが獣医
師によって微妙に手順が違っていたリ、道具や薬が違っていたりして、消毒の質と精度が違っています。
「言葉の定義」というのは、多くの企業でも基礎的な確認事項として重要なポイントです。

診療車の薬や道具の置き方は、各自が考えて置いていますが、診療でどんな行動をするかを考えると、あ
る程度の配置が共通することだと思います。注射器を取り、針を付け、薬を注射器に入れ、空のアンプル
やビンはゴミ箱に入れる。運転席から降りて診療を終わって車に乗り込むまでの作業動線、雨の時の作業
動線。この行動の時に、時間を短く、手数を少なくし作業性をよくするには、何をどこに配置することが
いいのかを考えるのも行動科学です。

また他のことにも使えます。自分で決めたことが、なかなかできない。3日坊主で終わる。目標を作って
も、途中で挫折する。農家に受けのいい話ができない。農場内で従業員のモティベーションを上げられな
い。獣医の勉強が続かない、獣医関係の情報をまとめられない、診療車内での移動時間を有効に使い方法
など。これらを解決するためには、どんな行動をすればいいのかにも行動科学は使えます。



行動とは


行動科学での行動とは、ひとつひとつの動きです。
たとえば、たとえば「水を飲む」を行動に分析してみると。「コップを見る、右手でコップを握る、コップ
を口の高さに持ち上げる、口をつける、コップを傾ける、口の中に入ってきた水を飲む。」となります。他
に、例えば「牛の採尿をする」は「尾の先端を一重つなぎで結び、牛の首にかけて尾を固定する、外陰部
を2リットル以上の水で洗う、外陰部を左手で5cm以上開き、右手に持った膣鏡を上10〜20度の角度で
5cm挿入後水平に挿入する、膣鏡のねじを回し膣鏡を開く、授精用のシース管に吸引用に20mlの注射器
を付ける。外尿道口からシース管の先端を上10〜20度の角度で5p挿入し、方向を変え下10〜20度の角
度で尿道に入れる。尿道憩室にシース管の先端が引っかかったときは、シース管を手前に2〜3p引き、も
う一度シース管の先端を上10〜20度の角度で入れ、次に方向を下20〜30度に向けて再度挿入する。尿道
に入ったらシース管を20p入れ、注射器で尿を吸引する。」となります。
他に例えば、「毛刈りし術部をきれいに消毒しドレイプを付ける」は行動科学では、「毛長1mmのバリカ
ンで幅10cm長さ20cmの範囲を毛刈りし(毛刈り部)、毛刈り範囲の外10cmの範囲まで洗浄用ブラシ
を使い石鹸で汚れを取る。その後水道水20リットルを使い石けん分を洗い流し、スプレーを使い2%イソ
ジン液を術部全面に3回噴霧し30秒待つ。ペーパータオルを10枚使い毛刈り部周囲の水分を取る。毛刈
り部周囲にドレイプ固定用の接着剤(G17コニシ(株))を線状に付け120cm×120cmのドレイプを固
定する。」となります。
このように、行動科学では行動を細かく抜き出し、他の人でも行動を再現できるように分析して書き出し
ます。


技術の分析

ひとつの技術は多くの行動から成り立っています。例えば帝王切開にしても、胎児の生存率が高く、手術
後の受胎率が高く、術後の感染症がほとんどない帝王切開ができる高度な技術をもった獣医師の行動を細
かく抜き出して、それを新人獣医師がコピーすることで成功率を高くすることができます

例えば帝王切開では農場に到着して禀告の質問は、何を聞き、何を判断したか。牛の診察準備のために道
具は何を何個準備したか。診察の時、牛の保定はどのようにしたのか。どこの何をどのように診て、診断
したのか。手術に入る前の保定、術前の準備(毛刈り、消毒、ドレイプ)、切開場所(起点と終点)、長さ、
筋層の切開の仕方、縫合の仕方、アクシデントが発生した時の対応方法、術後管理はなど。細かい行動に
まで抜き出します。

行動を抜き出して、それを元に電話対応、準備、診断、保定、手術、術後管理のチェックリストをつくり
ます。そのチェックリストからピンポイント行動を選びます。
ピンポイント行動とは、一連の行動の中に潜む、「結果に直結している行動」のことをいいます。このピン
ポイント行動をチェックリストの中から特に重要だと思われるものを2〜3個絞り込みます。
たとえば、帝王切開では
1.5分〜30分以内の、手術開始の判断。(母牛の産道損傷や汚染しないよう、子牛が衰弱しないよう。)
(子牛の生存率を上げ、母牛の受胎率をあげるためには難産介助を長い時間行い母牛の子宮内を汚染させ
胎児を衰弱させ母牛を衰弱させるのではなく、いかに迅速に手術の判断をするかにかかっています。)
2.術式の的確な判断。(過大児、奇形児、腐敗胎児、起立不能時などの時に、立位か横臥位か、左か右か、
切開場所、切開長はなど)
3.汚染を防ぐ対応。(清潔な術式、環境対策、座り込みなどのアクシデントへの対応)
こうして選んだピンポイント行動を、具体的な行動に落とし込んで誰が読んでも必ずその行動を再現でき
るような表現にします。技術の行動の書き出しをして、それに基づいてチェックリストを作り、その中か
らピンポイント行動を決める。

今後数回にわたり、具体的例として胃洗浄と帝王切開の技術の分析、診療車の整理の必要性、診療時の行
動の分析、チェックリスト、診療所長のチェックリストでの役割、診療車の中での時間の使い方の行動、
情報の処理のための行動、部下を育てる診療所長の行動などについて紹介する予定です。

なお、すでに行動科学の勉強会をメーリングリストを使ってやっています。エクセルファイルに書き込み
ながらやり取りし、すでに帝王切開、第4胃手術、尿石症の手術、子宮捻転、子宮洗浄、胃洗浄、新生子
牛の蘇生術などの話題をメンバーで分析しています。参加希望の方は、673258.gtwsbc@gmail.com(山
本)までメールしていただければ、メーリングリストに登録します。




胃洗浄を例にとって具体的に細かい部分まで考えてみましょう


まず、胃洗浄について、最重要注意点、準備品、診断、保定、処置について子牛と成牛について分析しま
す。下の胃洗浄の例では、メーリングリストを使ってエクセルのファイルにみんなで書き込んでいます。
同じ内容でも人によって違う部分は併記しています。( )は参加しているメンバーの名前です。

@子牛 (原案:山本浩通)
@最重要注意点 1:洗浄中、胃が水で膨らんでいる時には、絶対に牛を転倒させないこと。転倒する
と胃破裂を起こす。 2:気管にホースが入ってないことを確実に確認する
@準備品
外径15mm(体重25kgまでの子牛に入る。体重25kg以下の仔牛には外径12mmのホースを使う)、ホ
ースの径は、生後2か月は15か16o、3か月は22o、5か月は26o、12か月は33o、成牛では40〜50
o。生後2ケ月以上の子牛はホースの穴に飼料が詰まって洗浄しにくいので、なるべく太いホースを使う
ほうが洗浄しやすい。ホースを入れて暴れるときは、牛が苦しい時なので、ホースを抜き、外径の小さな
ホースを使う。

  
長さ1.5mのホースの先端に横穴(径約10o)を2個開ける。横穴はなくても洗えるが、あれば胃内容物
が詰まらずに洗いやすい。(伏見康生)「粗飼料等の食さ」の詰まりは、処置の実施の大きな妨げになるた
め、横穴は多いほうがよい実感。1.5mのホースの先端10cmまでに裏表で3つずつ計6つのφ10の穴を開
けて使用。ホースは子牛に噛まれて破れると漏水し、誤嚥のリスクが高まるためブレード(編み糸)の入
った破れにくいものが安全。
ホースの断端は、鋏やサンドペーパーで面取りをする。2〜5リットル入るジョロ。(伏見康生)オイルジ
ョッキは持ち手と注ぎ口が近く、安定して注ぎやすい。たとえば、自分が子牛にまたがってぬるま湯を注
ぐ際はジョウロでは難しいが、ジョッキは作業し易い。ただし、先端に加工等の工夫が必要。



夏場は水、秋から春は40度のぬるま湯を、5〜20リットル(山本浩通)水入れ口が広いので、薬を混ぜた
り、中を洗うのに使いやすい。ハンズマン純正の3.8リットル、1191円。
飼料袋かビニール袋(出てきた水の汚れが見やすいように)

診断
子牛 下痢で3日〜5日以上治療をしても症状がよくならない時 3日以上治らない場合でも、腸粘
膜が痛んでいる下痢では胃内に異物(汚れ)がないときがある
(異常発酵、消化不良の下痢は通常3日で治る)。左腹部が肋骨部より膨らんで、異物が入っている疑いが
ある時、
胃カテーテルで薬を飲ませた後、カテーテルに異物が付いている時
(島本正平)ルーメンアシドーシスにも適用ではないかと思われます。濃厚飼料の過剰摂取以外にも、哺乳
子牛では第二胃溝反射の異常によりルーメンアシドーシスが起こるとのことです。
子牛が牛床や壁をよくなめているのを、畜主が目撃した時。第1胃内に、ミルクが逆流して第1胃腐敗症
も対象。 慢性の第1胃のガスがある時。左?部が盛り上がっている時。
通常食べる濃厚飼料の量の3倍以上を盗食した時。寄生虫(コクシジューム、線虫、鞭虫)の駆除もして
あり、腸の損傷もなく、胃洗浄しても水様下痢が治らない時は、第1胃内や第4胃内に異物が溜まってい
る可能性があり、開腹手術により除去することを考える必要あり。触診により異物が診断できる時もある。


@保定
子牛の頭絡を付け、頭は地面から10p〜20pの高さに下げる。
洗浄中、胃が水で膨らんでいる時には、絶対に牛を転倒させないこと。転倒すると胃破裂を起こす。3秒
以上かかって座りこむ場合は問題ないが、1秒で倒れる場合は胃破裂を起こす。
転倒防止用の腹帯をかけて、軽く上に吊る方法もある。


助手(農家)は子牛の横に立ち、転倒しないように子牛の体を支える。農家に下腹部に手を回してもらい、
転倒しそうな時は支える。この体勢なら第1胃底のもみあげもしやすい。

@処置
子牛の頭を地面から10p〜20pほどに下げる。(島本正平)通常のゴムホースであれば開口器を使うこと
が推奨されますが、繊維補強ホースであれば案外直接入れても大丈夫です。(山本浩通)生後6〜7ヶ月ま
では、開口器の必要なし。6ヶ月以後成牛でも、第1胃内のガスを抜くだけなら開口器は必要なし。
ホースを口から15cm入れると、咽頭で抵抗がある。それからゆっくりとホースを食道内に進める。(島
本正平)ホースを入れる前にはしっかりとホースを濡らす必要があります。油とかのほうが挿入しやすい
かもしれませんが、作業がしにくくなります。
ホースを口から50cm入れ、胃内に入っていることを確認する。
気管に入っている場合は、ホースを吸うと空気が返ってくる。(山本)気管に入ると、子牛が咳き込むこと
が多い。ホースの先端が気管内の輪状軟骨に触れる感触が手に伝わる場合がある。
気管に入っていないことを確認後、ホースにジョロをつなぎ、水を2リットル入れる。
胃内の異物は胃の底に溜まっているので、子牛の下腹部を軽くもみあげて、異物と水を混ぜる。ジョロを
外し、ホースを下に下げ、胃中の水を出す。
この時水の出が悪いなら、ホースを10cm前後して出やすいところを探す。(山本)まったく水が出ない
とき、ホース内に異物(毛球、ビニール、硬い飼料など)が詰まっている場合があるので、一旦ホースを
抜きホース先端を確認する。飼料袋を敷き、水を排出させ、汚れ具合を見る。
水がきれいになるまで、洗浄を5〜15回繰り返す。
(山本浩通)洗浄が終わったら生菌剤等(ビオスリー、トルラミン、ミヤリサン、ビオペアなど)を入れ
る。洗浄が終わってホースを抜くときは、ホース内の水が逆流して気管に入るのを防ぐため、ホースを折
り曲げて抜く

@成牛   (原案:中村康男)
@診断
鼓張症で内服治療をしても1〜2時間で治らず、さらに腹囲膨満が進む時。
慢性の鼓張症(数日間鼓張症が続く)の時。(島本正平)子牛と同様肥育牛のルーメンアシドーシスの際に
も胃洗浄を行います。洗浄後にさらに健康牛のルーメン液を入れたら予後が良かった経験があります。(赤
星隆雄)ルーメン液の移植量は、0.2リットル〜3リットルで行う。胃液のPHは移植量に比例しなかった。
目を見張る効果はなかったが、明瞭にPHは投与後改善されたが、効果は1か月で失われた。(中村康男)
重度の食滞でベタネコール、メトクロプラミド等に反応しない時、盗食した時(山本)泡沫性の鼓脹症



@準備品
開口器:ホースが噛まれて痛むため
胃カテーテル:ホームセンターで購入した透明耐圧ホース(外径38mm、内径32mm、長さ2.5m)
の断端を、サンドペーパーで面取りしたものを使っています。(山本)径50mm、3〜3.5mのホース。径
40mmのホースでもいいが太いほうが餌が詰まらなくて洗いやすい。長さは3m以上あるホースが作業性
はいいように思います。(中村康男)直径が大きくなるほど、また寒い時期ほど固くなります。限られた診
療車の中ですが、できるだけ曲り癖をつけないように保管しといた方がいいようです。水道水(胃カテー
テルに入る太さの水道ホースを蛇口から引いてくる。)(山本)ルーメンアシドーシスで第1胃内が、水様
状になっているときは、外径が25mmほどのホースでも、内容物が排出できる。
(伏見康生)成牛のルーメンアシドーシスの洗浄の際には、写真のオーラルクロスを用います。ステンの
ハンドルに点滴チューブを付けて耳の後ろに回して口から外れないようにして装着し、そこへφ20?26の
ホースを入れて胃に通して洗浄しいます。


保定
頭部を地面から40〜50cmの高さで固定し開口器を装着する。
(山本)水を多量に使うので、排水がいいところで洗浄をする。

処置
荒い牛、臆病な牛、暴れる牛は、目隠しをする。食道の長さは90〜105cm(解剖の教科書より)
@ カテをゆっくりと、口の正面から開口器に当たらないように挿入する。首を水平に真っ直ぐに前に延
ばし、ホースを150cm入れる
A A咽頭部は慎重に、決して無理に押し込まない。(山本)地面から30〜40cmに頭を下げて、柱など
に固定する。柱と鼻の間は40〜50cmほど離した方が作業しやすい。首を下げる前に洗浄ホースを入
れたほうが入れやすい。130〜145cmで胃の中に入る
B B第1胃に胃カテの先端が届いたら、水道ホースを胃カテ内に20cm〜30cm入れ、隙間を手で
押さえ、助手に蛇口を開けてもらい10〜20Lの水道水を胃内に注入する。
C 水道ホースに流量計がないので、左?部の膨らみ具合、水道ホースと胃カテとの隙間から噴き出る水
の圧力で蛇口を止める。
D 胃カテから水道ホースを抜き、胃カテを手のひらで押さえ、助手は第1胃内を撹拌するようにマッサ
ージする。 (山本)洗浄ホースの先に第1胃内容物がマット状に固まっている時は、洗浄液が出
てこないので、5〜10秒水を入れては出しを数回繰り返し、ルーメンマットをほぐす。
E胃カテを地面まで下げ、手のひらのふたをとる。
F胃内容物が噴き出ない時は、胃カテを前後に20〜30cm動かし、助手は第1胃をマッサージする。

それでも内容物が出ない時は、B〜Fを繰り返す。

洗浄後、ルーメン液を投与すると経過がいいそうですが、トルラミンかボビノンを500g位投与するの
もいいそうです。 (山本)洗浄液が噴き出すように出始めると、追加で1〜3回洗浄して左けん部が陥
没するまで、胃内容物を洗い出す

@備考(備考として関連する情報や、各人の経験などを加えています)
(山本)生後1〜2か月の子牛の場合、牛床の汚れた敷料や、のこくず、不消化の飼料の繊維、土、もみ
殻、体毛、火山灰などの異物が入っていることが、非常に多い。そのため異物が雑菌の住みかになり、胃
内の正常細菌が定着しない。子牛の下痢の原因は、ウイルス、細菌、寄生虫と言われているが、ワクチン
を使い、バイコックスとイベルメクチンでコクシジュームと線虫の予防をした子牛の場合、通常の下痢治
療を3日間して治らない時は、胃内の異常発酵(腐敗菌の増殖)か胃内の異物の可能性がある。
白痢の場合でも、断乳などの治療をしても再発する場合は、第1,2,4胃内に異物の停留がある場合が
多い。胃洗浄をすることで治ることが多い。
胃洗浄をしても水様便が出る場合は、第4胃に異物が入り込んでいる場合があり、その場合は手術により
除去しなければ、子牛の発育が遅れ市場価値が下がる。(外村先生発表症例)
まれに洗浄途中で洗浄管にビニールや紐が詰り、釣り出せる時がある。その場合、洗浄後も下痢が治らな
い時は、まだ大きな異物が入っている可能性があるので、手術により第1胃、第4胃の異物確認が必要に
なる。
胃洗浄しても異物が出てこない場合でも、洗浄することにより胃内の腐敗菌が洗浄され下痢が治ることも
多い。
洗浄して異物が多く出る子牛は、洗浄後もまた異物を取り込む可能性があるので、管理に気を付ける。た
とえば分離哺育の場合は、ハッチの中で水とスターターは届くが牛床に届かないようにロープで繋いだり、
敷料は入れなかったり、あるいは食べてもいいチモシーなどの乾草を敷料にしたりする。
母牛との同居の場合、やはりロープで繋ぐ、あるいは子牛の部屋に追い込んで、乳は朝晩1日2回30分
飲ませる。子牛の部屋に追い込む場合、子牛の敷料は食べてもいい乾草(チモシーやイタリアンなど)に
する。ワラやオーツの茎、ススキなどリグニンを多く含む粗飼料を子牛は胃内で消化できなく、食べると
発育不良になるので避ける。どうしてもワラなどを敷く場合は短くせず、長い方が口に入る確率が減る。
のこくず、もみ殻などは、子牛の口に付着しやすく胃内に入る可能性が増える。
生後4か月〜肥育牛のルーメンアシドーシスの時、第1胃内に水分が集まり、胃内容物が水様状になって
いるときは、洗浄管を入れただけで胃内容物が出てくる。
泡沫性の鼓張症の洗浄は、なかなか洗浄液が出てこなく少しずつ胃内容物を出していかなければ洗浄でき
ない、10〜20回少しずつ洗浄しながら胃内容物がほぐれてくると、一気に出てくるようになる、それまで
腰が痛いが根気よく洗う必要がある。途中で腹囲がパンパンになり硬くなりどうしても出てこない場合は
套管針を刺す(通常、泡沫性の場合、套管針ではガスは抜けない)。それでもガスが出ない場合や牛が座り
こんだ場合は第1胃切開をする。私は過去に2例ある(過去200頭ほどの内)。手術の場合は、胃内容物が
噴出してくるので、腹腔内を汚染しないように、滅菌タオルなどを準備し、汚染しないようにする。(汚染
しにくい手術手法は行動科学的に細かく抜き出していますが、この項では割愛します)。牛が立っているう
ちに手術を開始した方が、腹腔汚染がないので手術がしやすい。

@チェック項目
以上のように、胃洗浄の行動の分析を行います。次に今まで書き出した行動から行動のチェック項目を考
えます。このチェック項目は、部下の獣医師がどの部分できてどの部分ができないのかを確認するために
必要です。胃洗浄を例にすると。
子牛:胃洗浄をする適応か。農家に胃洗浄の効果と必要性を説明できるか。子牛の大きさの合った、ホー
ス(胃カテ)を準備できているか。先端の処置(断端の面取りと横穴)。転倒防止の処置を確実にしている
か(2ヶ月令以内の仔牛は、特に注意。農家に助手を頼む場合は、特に転倒防止の意味を説明し、子牛の
支え方まで指示すること)
ホースを、咽頭を傷めずに入れることができるか。気管にホースが入った時の鑑別ができるか。(毎回、ホ
ースを口で吸って、確認する)。子牛の頭を下に向けて保定しているか。水を入れることができるか。ホー
スから水が出ないときの対応ができるか。ホースから出てきた異物を診断することができるか。洗浄の後
に、生菌剤等を入れたか。
成牛:胃洗浄をする適応か。開口器を付けることができるか。保定をすることができるか。第1胃までホ
ースを挿入できるか。内容物が出ない時の対応ができるか。左?部が陥没するまで洗浄できるか。洗浄の
後に、生菌剤等を入れたか。

こうして書き出した行動の分析や備考で書き出した知識、チェック項目を使い、部下の獣医師がそれぞれ
の行動のどこができて、どこができてないのか。あるいはできているが技術が未熟なのかを確認します。
出来ていない部分を修正することで、より質の高い診療になります。

@「ピンポイント行動」
ピンポイント行動とは、一連の行動の中に潜む、「結果に直結している行動」のことをいいます。これだけ
は確実にやる行動のことです。胃洗浄のピンポイント行動は以下の4つです。

1:洗浄中、胃が水で膨らんでいる時には、絶対に牛を転倒させないこと。転倒すると胃破裂を起こす。
2:気管にホースが入ってないことを確実に確認する。気管に水を入れると死亡する。
3:洗浄液がきれいになるまで洗浄を繰り返す。
4:洗浄の効果がでない時には、次の処置(開腹手術による第1胃、第4胃内異物除去など)を考える
以上のように、「胃洗浄」について行動科学では考えます。

部下の獣医師が胃洗浄をうまくできない場合、どの部分でできていないのか、知識の不足か、保定の不備
か、準備の不備か、道具の不具合か、手順の不備かなど、どの部分の問題かを確認してその部分を変更す
るように指示します。



@次に 帝王切開を例に考えてみます。
(原案:山本浩通)

禀告
何時から分娩が始まったのか。分娩の徴候は、尾を少し持ち上げる。牛房を動き回る。いきみが出る。破
水の有無、半日以上経過しても破水しないときは子宮捻転の可能性あり。陣痛の強さ。予定日、予定日よ
り1週間以上前の場合は双子の可能性あり。分娩を介助した後は、必ず双子確認をすること。予定日より
2週間以上前の場合は胎児奇形の可能性あり。胎児の体型奇形、結合体位、胎児の腹部異常膨満のために
分娩できないことがある

診断  
どのような時に踏み切るのか。胎児の蹄が大きく、外陰部から1つの蹄しか出ないときは、帝王切開(ほ
とんどが初産のとき)。頭位上胎向の時は、両前肢球節の上に産科ロープを付け、頭が産道から、ずれない
ように後頭部にも補助ベルトをかけ、この状態で牽引しても、頭部が骨盤腔内に入ってこないときは帝王
切開にする。また、頭部が骨盤腔内に入ってきたとき、術者の腕を産道に挿入して上腕まで奥に入らない
ときは切開。ロープで胎児の足を牽引した状態で、胎児の後頭部を探った時、後頭部全体に手が回る時は、
そのまま経膣介助。狭くて後頭部を全て触れないか、触れても手が痛いほどの時は、帝王切開。(堀北哲也)
失位整復を始めるときに時間を確認し、農家の人など周囲の人に「30分経ったら教えてね」という(自分
は夢中でやっているため時間経過の感覚が狂うので)。30分後、まだ失位整復中だったら一休みし、状況
は好転しつつありあと少しで経膣分娩させられるのか、状況は進展していないのかを判断する。前者であ
れば、「あと15分やってみようね、時間お願いします」、と言って失位整復・分娩介助を続ける。後者だっ
たら帝王切開に移行する。前者の場合、15分後(開始45分後)にまだ娩出できていなければ帝王切開に
移行する。(堀北)助産時、自分が焦ってきたなと判断する方法。分娩介助中の手指の消毒がおろそかにな
ってきたら、「ああ自分は焦ってきているな」とゆっくり三回深呼吸する。助産開始時は、ちゃんと手を消
毒し、途中、産道に入れている手を入れ替えるたびにちゃんと消毒液バケツに手を入れているのですが、
介助が思い通りにいかずだんだん焦ってくると、「あれ、あれ、おかしいな」と思いつつ、産道の手を入れ
替える時も消毒することなく手を入れ始めます。そんな自分の行為を、自分の焦りのバロメーターにして
います。
尾位の場合はロープで胎児の足を牽引した状態で、胎児の骨盤を探った時、臀部から仙骨十字部付近まで
手が回る時は、そのまま経膣介助。狭くて尾根部に触れるばかりで、骨盤を全て触れない時は、帝王切開。
尾位の場合はロープで胎児の足を牽引した状態で、胎児の臀部を触った時 、お尻の筋肉が丸みを帯て、柔
らかければ、そのまま経膣介助、お尻の筋肉が伸びきったままで固い時は、帝王切開。
(山本)尾位の時、臍帯が太ももの内側を通って前方に行っているときは、そのまま牽引すると先に臍帯
が切れて胎児が死ぬので、牽引を初めたら2分以内に引き出すこと。引き出した後は救急処置が必要なの
で、救急用具を事前に準備しておくこと。2分以内で引き出せそうにないときは帝王切開。胎児が死亡す
る前提で経腟分娩にするか、帝王切開にするかは畜主と相談する。和牛と乳牛では状況が異なるので畜主
と相談する。(清水大樹)腐敗胎子と巨大胎児の場合の対応、頭部や肢関節が変形している骨格異常の場合、
産科ロープをかけ牽引してびくともしないときは帝王切開。(山本)牽引して母牛が、引きずられる時は帝
王切開。胎児がすでに死亡し、子宮内で腐敗して皮下に気腫が溜まり、胎児が膨満している時は帝王切開。
ただし術後の腹膜炎、子宮筋炎が高い確率で予想されるので畜主と相談して手術を決める。
頭位でも尾位でも正常に産道に入っていて、子牛も異常過大児でないのに、牽引してもびくともしないと
きは、骨格奇形や奇形による腹部の異常膨満の可能性あり、帝王切開。子宮捻転が360度以上で、手腕を
頚管内に入れることが出来ず、後肢釣り上げ法や母体回転法でも整復出来ない時は、腹壁を切開して捻転
を整復し経膣分娩か整復後帝王切開。胎児の失位で、肢、蹄、頭部が全く触れないとき。この場合、腹壁
を切開し、腹腔内に手を入れ、子宮の外側から胎児を整復後経腟分娩させる。この場合2人の獣医師の連
携で行う。子宮を小切開し胎児を整復し経膣分娩する方法もある。この場合も2人の獣医師の連携で行う。
ただし助産介助で時間がかかり(15分以上)子宮内が汚染されていそうなときは、小切開創から腹腔を汚
染するのでこの手法はとらないほうがいい。経膣分娩か帝王切開かを迷ったら、帝王切開をすべきです。
介助に時間がかかりすぎて母子共に衰弱してからの帝王切開では、生存率が下がるので、できれば帝王切
開の判断は、5〜20分以内にすること。

準備品
手術道具、バリカンかカミソリ、石けん、イソジン、
ドレイプ120×120cm(1枚約300円シグニより購入、中央に幅5cm長さ20cmの穴を開け、滅菌す
る)(通常は4胃変位の手術用の穴のサイズ)、生食3リットル(腐敗胎児や子宮内が汚染している場合は
5〜10リットル)。塩酸プロmlカイン40、硬膜外針(16ゲージ、120mm、Touhy針、八光ディスポー
ザブル硬膜外針)、硬膜外麻酔の時はキシラジン0.025mg/kgとリドカイン 0.1mg/kg混合液に生理
食塩水を加えて5mlとする。0.5ml/秒の速度で投与(堀北哲也)硬膜外麻酔の実投与量はキシラジン0.01
〜0.017mg/kg(セデラック2%液 0.3〜0.5ml/600kg)+リドカイン0.1ml/kg(キシロカイン2%液
3ml/600kg)+生食3ml、(清水)セデラック2%液 はBCS3.25以下0.3ml、BCS3.25以上0.5ml。
リドカインは体重100kg当たり、1ml、接着剤(ホームセンターで売っている物、例えば木工用ボンド
やG17 ゴム、皮革、金属用 コニシ(株))、子宮平滑筋弛緩剤、塩酸クレンブテロール(プラ二パート、
共立、10ml)、子宮鉗子(ウテルス鉗子)、10%トラネキサム酸(ヘムロン注、日新製薬、止血剤)30m
l、套管針(第1胃のガス抜き用、左上横臥で手術をする場合、第1胃がガスで膨満するので、その時に
ガス抜きで使う)、滅菌タオル3枚(腐敗胎児の場合は10枚)。タオル鉗子5〜7本(立位での手術中に横
臥した場合、創口を一時的に塞ぎ汚染を防ぐため)。ペーパータオル10枚、子宮と筋層の縫合用の針は、
一般的には外科強彎丸針 9か10 バネです。子宮と筋層を縫合する時の大針(大針の方が、子宮と筋層
の縫合時の作業性がよく、短時間で縫合できます)、子宮や筋層を縫合する時の、大針のつくり方
https://youtu.be/nvswTBBD254 (的場亮平)縫合糸:synthe sorb metric 8 usp 6 (山本)synthe sorb
metric 6 usp 3+4 (蓮沼浩)SyntheSorb 5。
楽に切開部から子牛を牽引するためには滑車を切開創の斜め上3mに取り付ける。特に横臥で手術する場
合は、40〜50kgの胎児を引き上げるのに力がいるので滑車は必要。

保定 
立位
枠場保定の場合は、枠場に入れ尾を体の右側にまわして結ぶ。 (山本)牛が座り込む可能性があ
る時は、枠場に入れずに、ポールやロープで保定するほうが対応がしやすい。(山本)牛が座り込んだ時、
左側が上になるようにするために(左けん部切開の時)、術前に右後肢の球節の上をロープで結んで、牛の
左前肢のほうに伸ばしておく。もし、座り込みそうになったら、そのロープを農家に引いてもらい右後肢
が下になるように座らせる。
(蓮沼浩)右後ろ足の球節の上部にロープを結び、そのロープを左前方に置いておく。長さは2mあれば
十分。手術中に牛が座り始めたときに、農家さんもしくは助手に肢を左前方に引いてもらうことで、術創
が下にならないように伏臥もしくは右横臥させるため。(阿部紀次)崩屈することを前提にし、腰にカウハ
ンガー&胸に平打ち縄を装着し、梁ないしはトラクターなど重機に吊ります。
目隠し(目隠しをすることで、牛がおとなしくなる。)(山本)目隠しは、バスタオルか毛布(1/2にカット)
がいいです。軽いと牛が頭を振った時に外れます。頭絡で挟み込めばずれません。
枠場を使わない時は、牛体の右側を壁際あるいは柵際に寄せ、牛の左側に長い(4〜5m)のポールを牛
床から高さ80cmの位置で固定し保定する。ポールを使わない場合、ロープでも代用ができる。切開の
時に左後肢で蹴ろうとする場合は、左後肢の球節の上をロープで結び、後に軽く引っ張り蹴れないように
する。
(蓮沼浩)産道に子牛が乗っている場合は必ず子宮内に押し戻しておく。このことにより手術中に陣痛から
の努責が起きることを予防する。腹圧が上がるとルーメンが出てくる可能性が高くなる。

横臥
診断途中で座り込みそうな時は、初めから横臥による手術にする。(蓮沼浩)産道に子牛が乗っている場合
は必ず子宮内に押し戻しておく。このことにより手術中に陣痛からの努責が起きることを予防する。横臥
で手術する場合は特に努責が起きやすいので注意する。左を上に、横臥させ前肢2本をロープで固定し、
後肢2本をロープで固定し柱などに引っ張って暴れないようにする。頭の下に、ワラなどで枕をし(頭の
擦過傷の予防)、目隠しをする。尾を結び、振らないように固定する。(汚染防止)

準備
(蓮沼浩)血管確保のために、動物用生食V注射液(ZENOAQ)2L、動物用留置針14G(NZK)、トップ
動物用補液セットTIS2-A03、トップ連結管を用いて留置。点滴速度は1分間で120滴。点滴には結晶ペ
ニシリンG明治300万単位を混ぜておく。母牛が弱っている場合、過度に敏感な場合、術中に座りそうな
気配がある場合はフォーベット50(インターベット)20mlも混ぜておく。
(蓮沼浩)血管確保が終了次第、子宮平滑筋弛緩剤、塩酸クレンブテロール(プラ二パート、共立)10m
lを頚静脈から静注する。このときは点滴に混ぜないで留置針のところから直接投与する。最初に投与す
ることで、子宮の収縮を抑制し、陣痛からの努責を抑える。これにより、手術中にルーメンが術創から脱
出することを防ぐ。薬効は手術が終わるまで充分に効いている(1.5時間〜2時間)。手術中にどうしても
努責が強く、ルーメンが出てくる時は塩酸プロカインを5ml尾椎注射する。

縦切開の場合、左けん部の坐骨前縁から12〜15cm前方、腰椎横突起下縁から5cmを中心線に幅10cm
長さ50cmを毛刈りする。(カミソリで毛ぞりしてもいい)。斜切開の場合は、坐骨前縁7〜8cmを起点に
最後肋骨より7〜8cm後方に向かって斜めに毛刈りをする。
(清水大樹)外部からの触診で右角か左角の妊娠している胎子に近い方から切ります。切開は腰角から最
後肋骨に向けての斜切開をします。過大子の場合など出しやすくなると思います。切開距離も大きくなる
ためです。角度も子宮に沿っています。
(山本)ドレープを使わない場合は、幅50cm×長さ60cmの範囲を毛刈りする(術野周囲からの汚染を
予防するため広い範囲を毛刈りする) ブラシを使い石鹸で洗い、水で流す。
塩酸プロカイン40mlを切開予定創に沿って皮下に浸潤麻酔をする。
あるいは 腰椎分節硬膜外麻酔をする。麻酔が効くまで15分かかるので、保定後麻酔をする。
(清水大樹)硬膜外針を刺入する際に背弯姿勢を取らせないと針が椎間に入りずらいと思います。助手が
居れば直腸検査で背弯姿勢を取らせることが可能ですが、背弯しづらい牛もいます。僕は左手で直腸検査
手袋を消毒して膣に挿入して背弯させます。そこから右手で硬膜外針を挿入します。そうすれば一人でで
きます。教科書的には胸腰椎間に刺入ですが、第1,2腰椎間の方が刺入し易いと思います。そこが駄目
なら胸腰間で実施します。注意点は背弯すると皮膚が動くので刺入点から目的の椎間に少しずれが生じる
点を考慮する必要があります。(清水大樹)腰椎分節硬膜外麻酔術 ユーチューブ動画 
https://www.youtube.com/watch?v=V87tpedkTJY
イソジンを噴霧する
毛刈りした部分の周囲(線状)と肩甲部(5cm四方)、十字部(5cm四方)、大腿部(5cm四方)、肋
骨部(5cm四方)にドレープ接着用の接着剤を付ける
(山本)ドレープの付け方の動画(動画は第4胃切開時の右側腱部切開です)中央に幅5cm長さ20cm
の穴を開けたドレープを固定する。切皮予定線までドレープの穴を延長する。(山本)ドレープを付けて窓
をあけてもいい。

手術
(山本)助手が確保できれば助手がいたほうが作業性はよくなるし、手術の精度があがる。 坐骨前縁か
ら12〜15cm前方、腰椎横突起下縁から8〜10cmを起点に、垂直に皮膚を35cm切開する(
垂直切開の場合)1層目(外腹斜筋)の筋層を35cm切開する。出血がある場合は、鉗子で5〜10分挟ん
でおくと止血する。2層目(内腹斜筋)の筋層も35cm縦に切開する。同じく止血する。3層目(腹横筋
膜)は手で筋層を剥離して、腹膜まで到達する。皮膚を切開した後に、牛が座り込んだ場合、術者は、ま
ず汚染しないように手で切開創を覆い、その後、タオル鉗子を5本使い、切開創に7〜8cmごとに皮膚を
挟んで、汚染を防ぐ。可能ならドレープの左右を折り曲げて切開創に被せると汚染を防ぐことが出来る。
タオル鉗子をつけた後に、再度牛を立たせるか、横臥姿勢にして手術を進める。ドレープが汚染した時は、
付け替える。
筋層から血が滲み出すときは、滅菌タオルを切開した筋層に被せて、吸血する。腹腔内に血液が入ると癒
着の原因になるので、なるべく除去する。
第1胃を傷つけないように、腹膜を鉗子で摘み、メスあるいは鋏で腹膜を切開する。
横臥の時、第1胃のガスにより第1胃が切開創より飛び出すことがある。その時は套管針により第1胃に
刺入し、ガスを抜く。抜いた後は特に縫合の必要はなし。
頭位の場合は、胎児の後肢を探し、飛節を確保し、両後足の蹄を切開創から出す。この時に助手は飛節を
保持して創外に露出させる。胎児の足を切開創の外まで出せない時は、腹腔内で子宮を切開する。この場
合、メスで子宮を5cmの切開をし、その後、鋏で35cm切開する。(ハサミで切開した方が、胎児や臓
器を痛めることがないから)原則、子宮を切開創の外に出し、胎水が腹腔内に入らないようにする。もし、
子宮内に助産の時に産道より菌が入っていると腹腔を汚染するから。
(清水大樹)子宮の切開の大きさは子牛の後肢の飛節から球節までの距離を基準に切開します。(清水大樹)
子宮捻転などの場合は非常に弛緩しづらく腹部での切開になりがちです。腐敗胎子もそうですが、その際
には滅菌したタオルを創口の下に入れて汚染された液体が腹腔内に入るのを防ぐ努力をしています。
メスで子宮を10cm切開し、その後、ハサミで35cm切開する。切開は35cmは大きめだが、子宮の切
開が小さいと胎児が大きい場合に子宮が裂けることを予防できる。(堀北哲也) 5cmほどメスで子宮を切
開した後そこに指を入れ手で子宮を裂くように用手切開する。利点:筋層に沿って子宮が裂けるので縫合・
癒合が容易。切開長が短く胎子を引き出すときに子宮が裂けたとしても用手切開した方向に裂けるので直
線的な切開創となり縫合が容易。(堀北哲也)子宮を腹壁の切開創外に引き出せず腹腔内で切開する時は、
子宮基部で切開せずできるだけ子宮先端に近い部位で切開する。(焦って子宮を切開したら子宮基部に近い
部位であり、胎子牽引後縫合する時に、みるみる収縮する子宮が腹腔内深くに戻ろうとするので、それを
助手が把持し術者が縫合するのに苦労した。腹壁切開創外に子宮が引き出せないからといって焦ることな
く、腹腔内の子宮の位置・状態をちゃんと確認すればよかった・・・)
(蓮沼浩)胎仔を娩出する前に点滴を全開にしておく。このことで、胎仔娩出後の急激な腹圧減少からの
血圧低下を予防し、母牛が突然座り込むことを防ぐ。
蹄に被っている胎膜を切開して、胎児をかかえて引っ張り出す。
(山本)滑車を使わない場合でも、胎児の足に産科ロープを付け、農家に引っ張ってもらうと、出しやす。
滑車を使う場合は、蹄に被っている胎膜を切開して、産科ロープを両後足の球節の上に付け、滑車と連結
して引き出す。双子の確認。 胎盤は子宮切開創から飛び出して縫合がしにくい場合は、鋏で出た部分だ
け切り取ればいい。子宮内の胎盤は剥がす必要はない。胎児の早期死亡などで胎盤がすぐに剥がれる時は、
胎盤を取り出す。
(蓮沼浩)子牛の娩出が無事に終了し、母牛もしっかりしているようであれば点滴の速度を元に戻す。
(山本)立位の時、子宮を縫合するときに、トレイに滅菌ドレープを敷き、子宮をトレイに乗せ、農家に
トレイを保持していてもらうと縫合しやすい。(的場亮平)子宮鉗子で子宮を保持すると縫合しやすい。
子宮の縫合は、ユトレヒト法を使い、縫合糸の結紮部が埋没するように縫合する。(子宮の癒着を防ぐため)
ユトレヒト法とユトレヒトちょこっと変法 http://youtu.be/wF2bDQ1XPuA
子宮縫合の始点と終点は、3回糸を結んで解けないようにする。
子宮の縫合後、生理食塩液(1〜3リットル)で血液を洗い落とす。(子宮の癒着を防ぐため)
横臥の時の縫合は、子宮を切開創から出し、ドレープ上に置くと縫合しやすい。 (山本)子宮の縫合時
は、針を通す毎に糸を引っ張って緩まないようにする。縫合部に指が入る隙間があってはいけない。
子宮の漿膜が裂けた部分は、子宮が癒着するのを防止するために子宮の筋層が露出しないように漿膜を縫
合する。縫合の後、縫合が緩んでいないか、子宮の漿膜が裂けていないか、血餅は付着していないかを確
認する。特に子宮頸部まで、裏と表を確認する。
(的場亮平)子宮の切開創や胎仔の牽引で生じた裂創の始点が腹腔の深い位置にある時に、子宮鉗子を使
うと切開部を腹壁外に挙上する操作が楽に行える。
癒着防止のために10%トラネキサム酸(日新製薬、止血剤)30mlを切開創に塗布する。
腹膜と3層目(腹横筋膜)の筋層を一緒に下から連続縫合する。半分ほど縫合したら抗生物質を溶かした
生理食塩液1リットルを腹腔内に入れる。(中村康男)エンゲマイシン(10%OTC)、25mlをリンゲル50
0mlに混ぜ腹腔内投与し、20mlほどシリンジに残しておき縫合時に1層ごとに縫合部に掛けていま
す。(島本正平)術時の抗生物質はプロカインペニシリンを利用しています。
2層目(内腹斜筋)、1層目(外腹斜筋)を縫合する。縫合するときは奥の筋層も引っ掛けて死腔ができな
いようにする。死腔ができると血液や漿液が溜まって、腫脹や汚染の原因になる。(清水大樹)切開創が大
きいので止血を完璧にする(死腔に血液寒天培地ができる)創を閉じるごとに洗浄して死腔を作らないよ
うに2,3糸に一回は下の創も含めて縫合するなどの事をしています。手術をする上で当たりまえですが、
死腔の形成にはかなり気を付けます。術野への抗生物質の塗布や、腹腔内注入の効果については東京農工
大学の小久江先生が否定していたと思いますが、私の周りでは当たり前に実施されています。筋層にも抗
生物質を振りかける。生理食塩液で5倍に希釈した抗生剤を20ml使う。(蓮沼浩)抗生剤は懸濁水性プ
ロカインペニシリンG明治を全ての層に直接振りかける。各層10ml使う。
皮膚を縫合する
汚染防止用に外したドレープを幅5cm長さ40cmに切り、接着剤で切開創に貼り付ける。汚染防止用の
カバーをしない場合は、毎日農家に消毒をしてもらう。使うのは、マイター(養日化学研究所、25〜100
倍希釈)、や2%ポピドンヨード。乳牛の場合、搾乳用のディッピング液、ヨーチンは、皮膚への刺激が強
いので連用しないこと。
(蓮沼浩)手術が終了したら、点滴を全開にして残りを流す。

術後管理
術後は通常の分娩と同じく、母牛と子牛を管理する。切開創の下の方が汚染しやすいので、抜糸までの2
週間、牛床は毎日掃除をする。

備考について
行動科学メーリングリストでは、メンバーの発言により内容を深めています。その発言を「備考」の欄に
も記入しています。以下に記載します。
()内はメンバーの名前です。
@「ドレープを接着剤で止める」
(阿部紀次)「ドレープを接着剤で止める」ことに関しては小生の前任地トータルハードマネージメントサ
ービスでのLDA整復手術(起立位右けん部切開)を田口清先生が目撃された時、「良い事やってるじゃん」
と言われたことを思い出します。「一人で、野外での環境での開腹手術を如何に清潔に行うか」の目的意識
からあみだされた手技でした。
目的
・麻酔がかかってない部位にタオル鉗子を装着すると牛が痛がる(人も危険/その際の動揺で術部や周囲
が汚染、時にぶち壊わされる)。
・切開創および滅菌領域と、無滅菌領域との明確な遮断が出来る(いくらタオル鉗子で挟んでも、牛の動
揺や風で無滅菌領域から滅菌領域に汚染が入り込む)。
・無窓ドレープを使用した際は、はっきりとした切皮線が分からなくなるので、ノリで描いた枠は、術野
を確かめるのに有効となる(仮想切皮線の上下左右+5pの範囲を剃毛または毛刈り、消毒して術野とし、
術野内と外のぎりぎり内側にノリを付けます)(ドレープに手術窓を開ける時は、ノリが付いていない内側
をチョンと切り、その後ノリが付いていない部分を切ってゆきます。そうすることで、仮想切皮線の上下
左右+3〜4pの窓が出来ます)。
○牛のサイズや、術部の大きさ、角度、または周囲の状況は症例ごとに異なることから、無窓のドレープ
を用いて、後付けで窓を作ります(ただし、山本式のように120p大の大きなドレープを使えばそのよう
な考慮はまず不要かもしれませんが/我々は90p大のドレープを使用しています・・・)。
○使用するノリですが、当初「和ノリ」とか、「木工用ボンド」を使いました。和ノリは着くまでの時間と
接着力に問題がありました。木工用ボンドは良かったのですが、冬の道東では凍結・分離し、使えなくな
りました。そこでG17を使うようになりました。凍結の心配がない九州では木工用ボンドが最適かと思い
ます。と申しますに、G17だと渇きが良すぎて、いざという時に貼れない程乾いていることがあるからで
す。また、G17の場合、術後剥がす時に脱毛し、痛がる牛も居ます。まあノリの種類は好き好きでもあり、
慣れや手際の問題でもありますが・・・。

(山本)貼り付け方式のドレイプにして衛生的に手術ができるようになりました。それ以前は、布製ドレ
イプをタオル鉗子で固定していたのですが、牛が動くと窓が切開創とずれてしまい、手術がしにくいし、
汚染しやすくなっていました。貼り付け方式にして、窓がずれることもないし、快適に手術ができます。
接着剤は、木工用ボンドよりG17が接着力がよく、こちらを使用しています。木工用ボンドでは、創口が
動揺する手術(腸捻転、胃切開など)場合、ドレープがはがれやすいので、G17を使っています。私の場
合は、120p角のドレープを使っています、中央に5×20pの穴を先に開けて滅菌しています。

@手術中の補液
(蓮沼浩) 薬剤の投薬ルートの確保、抗生物質の持続点滴、循環血流量の確保、血圧の確保などを主に
期待して手術中に補液をセットしておきます。シェパードでは血管確保はほとんどの開腹手術で行ってい
ます。補液の種類は生理食塩水です。なぜ生理食塩水かといいますと、単純に循環血液量を増やすことだ
けを考えているからです。他にもっと良い補液もあると思いますが、生食で困った記憶は特にありません。
なお、多くの子牛の開腹手術をしてきた鹿児島の君付先生と黒崎先生が子牛の手術では生理食塩水を使っ
たときが一番子牛の治癒率が高いと思うと話されていたことも関係しています。
(君付忠和)子牛の腸捻転手術の場合は特に要注意と思います。手術前の血液検査はルーチンにおこなっ
ていますし、そのときカリウムが上がっていることが多いです。その場合、リンゲルやラクトリンゲルを
使用した場合手術がうまくいっても術中や術後死亡したり、予後が悪かったりしていました。生食に変え
てからは少ないように感じ、今は術中は血液検査が間に合わないときは必ず生食、カリウムが正常なとき
は生食かラクトリンゲルにしています。帝王切開のときは母体が衰弱し、横臥したときは補液しています
が第一選択は生食、次にリンゲルでしょうか。立位は元気あるものとして(勝手に信じて。)補液してませ
んなぁ。でも術中の急激な変化に対して血管確保をしておくことは基本中の基本ですね。

@手術におけるフォーベットの使用について
(蓮沼浩)基本的に積極的には使用しません。あくまでも牛がイライラしている、神経過敏である、痛み
に敏感である、何となく座りそうであると主観的に感じたときに使用します。手術を始める前にプラニパ
ートの後に続けて投与します。フォーベットの術前投与は疼痛過敏緩和と術後疼痛緩和を期待して行いま
す。使った感触といえば、いいような気がしますと非常にあやふやな答えとなります。アニマルウェルフ
ェアの観点からはいいかもしれません。

@硬膜外麻酔について
(堀北哲也) キシラジン0.025mg/kg(セデラック2%液 0.75ml/600kg)+リドカイン0.1ml/kg(キシロ
カイン2%液 3ml/600kg)+生食1.25ml です。私は現場では硬膜外麻酔はやっていませんでしたが、大学
に来てから硬膜外麻酔を実施した3頭のうち、ちゃんと入ったなと思った2頭は手術中に崩屈しました。
学生実習での手術なので時間がかかったせいもありますが、牛の目がトローンとしていて、アチパメゾー
ル(アンチセダン)の投与で目がしゃっきとし起立しました。その時の投与量は、キシラジン0.03mg/kg
(セデラック2%液 0.9ml/600kg)+リドカイン0.1ml/kg(キシロカイン2%液 3ml/600kg)+生食1.1ml 
でした。キシラジンが多すぎるのかな、リドカイン単独のほうが良いのかなと思い、ちばNOSAI連でよく
硬膜外麻酔を実施していた平田昇先生に伺ったところ、下記のようなコメントを頂きました。下記コメン
ト中の平田先生の推奨投与量は、キシラジン0.01〜0.017mg/kg(セデラック2%液 0.3〜0.5ml/600kg)+
リドカイン0.1ml/kg(キシロカイン2%液 3ml/600kg)+生食3mlです。
以下、平田昇先生コメント(ホルスタイン種四変手術)
「リドカイン5ml単独でも効果は出ますが効果にばらつきがありました。キシラジンを加えた方がキレが
良いと感じています。田口先生から教わった量は600kgの牛でキシラジン1.5mL,リドカイン5mLで
した。ただし、この量だと手術中にふらついたり、短時間で手術が終わった場合、術後枠から出てからす
ぐに寝てしまうこともありました。いろいろ試してたどり着いたのはキシラジン0.3〜0.5mL(目見当),
リドカイン3.0mL、生理食塩水3.0mLです。5ccのポンプに順にすってドロップ、注入をしていまし
た。効果に多少のばらつきは出ますが寝込まない安全量として決めました。デブの牛には増やしていまし
た。ばらつきとは、皮膚の鎮痛効果が劣ることです。深部に行くほど効果がでている感じがします。また、
左右?部の麻酔の偏りです。帯広大の研究でドロップ後、一分間、エアを吸わせてから注入することで偏
りがなくなると。まねてやっておりました。よりましという感じでした。
麻酔が不十分なときは、リドカインを皮下に浸潤麻酔します。20ccの少量で通常の浸潤よりもよく効き
ます。現場的には面倒な硬膜外に皮下浸潤を追加するのはさらに面倒ですが、あの麻酔効果には代えられ
ないですね。麻酔をかけてから?部の毛をそり道具を準備する。10分くらいたつので効果が出ておりすぐ
に切ります。」

(清水大樹)硬膜外麻酔は素晴らしい方法なので更なる普及を願っています。
少し、僕らのやっている方法を紹介したいと思います。変位も帝王切開も開腹手術にはほぼすべて適応し
ています。
当社での施術実績は1500例ほどあると思います。
Youtubeの動画を見ましたが、硬膜外針を刺入する際に背弯姿勢を取らせないと針が椎間に入りず
らいと思います。
助手が居れば直腸検査で背弯姿勢を取らせることが可能ですが、背弯しづらい牛もいます。僕は左手で直
腸検査手袋を消毒して膣に挿入して背弯させます。
そこから右手で硬膜外針を挿入します。そうすれば一人でできます。教科書的には胸腰椎間に刺入ですが、
第1,2腰椎間の方が刺入し易いと思います。
そこが駄目なら胸腰間で実施します。注意点は背弯すると皮膚が動くので刺入点から目的の椎間に少しず
れが生じる点を考慮する必要があります。

この手技の問題点はこの刺入の難しさが全てだと思います。これが出来るようになれば、これほど素晴ら
しい麻酔はないので、局所麻酔では手術できなくなります。
参考までにYoutubeに手術中に餌を食べてる牛の様子を載せました。硬膜外麻酔では手術しながら
牛が餌を食べる経験は良くあります。
腸間膜根捻転などの整復に激痛を伴う処置などでもこの麻酔がなければ施術困難です。つまり牛が寝てし
まいます。
https://youtu.be/b_8DAtMdSjA
https://www.youtube.com/watch?v=__OuFC4kz-4

次に投与量の議論ですが、田口先生の2%キシラジン1.5mlは多すぎると思います。1mlを超えるよ
うな投与量は高率で寝てしまうと思います。僕は田口先生と数年一緒に手術していましたが、600kgの牛
にそのような投与量を入れているのは見たことがありません。千葉の平田先生のお話にある0.3-0.5ml
ですが、僕らもこの量を採用しています。
僕は酪農大の小岩先生が10年以上前からキシラジン0.3mlのリドカイン体重100kg当たり1mlとい
うのを実施しているのを見て参考にしました。田口先生のキシラジン投与量は小岩先生より多いですが、
僕はその間を採用しています。
BCS3.25以下0.3ml、BCS3.25以上0.5mlです。リドカインは体重100kg当たり、1mlです。
例えばBCS3.5,BW700kgの牛ではキシラジン0.5ml+リドカイン7mlとなります。この際に体重
の推定誤差によるリドカインの増減はそれほど大きな影響はないと思います。キシラジンの影響力の方が
大きいです。僕はさらに体重に加え、腱部の大きさを考慮に入れています。
つまり、刺入点から十字部までの距離です。この距離が長い牛は後方まで麻酔薬が届きません。標準より
長いと感じたら、リドカインを1ml追加しています。
効果のバラツキについては、ハンギングドロップ後1分間陽圧解除するというのは、あまり効果がないと
感じています。それよりもtouphy針(針先端の形状)ですから、液体の出る方向を意識しています。切開
部位の方向に向けて針を刺入します。根拠は横臥位で硬膜外麻酔を実施した場合、片方しか麻酔が効きま
せん。つまり寝ている下方に効くということです。この麻酔は神経管から出た神経スリーブの出口に効き
ますので、それを意識すればある程度効果部位を狙えると思います。

@巨大胎児や腐敗胎児
(清水大樹)腐敗胎子の場合は、まず手術するかどうか良く畜主と相談します。予後に不安があるためで
す。
基本的に巨大でも腐敗でも帝王切開のやり方は変わりません。教科書的には左ケンブ切開が推奨されてい
ると思いますが、僕は外部からの触診で右角か左角の妊娠している胎子に近い方から切ります。切開は腰
角から最後肋骨に向けての斜切開をします。過大子の場合など出しやすくなると思います。切開距離も大
きくなるためです。角度も子宮に沿っています。
まず、帝王切開全般について共通ですが、子宮の切開距離が短くて割けるという問題があります。切開の
大きさは子牛の後肢の飛節から球節までの
距離を基準に切開します。それと成功のためのポイントはプラニパートでどの程度の弛緩が得られるかと
いう事だと思います。
子宮捻転などの場合は非常に弛緩しづらく腹部での切開になりがちです。腐敗胎子もそうですが、その際
には滅菌したタオルを創口の下に入れて
汚染された液体が腹腔内に入るのを防ぐ努力をしています。
総括すると腐敗していても、過大子でも基本的に通常と変わりません。後は抗生物質の術前投与をすると
か変位の手術では腹腔内に抗生物質を入れませんが
帝王切開の場合は水溶性の抗生物質を入れる、切開創が大きいので止血を完璧にする(死腔に血液寒天培
地ができる)創を閉じるごとに洗浄して死腔を作らないように2,3糸に一回は下の創も含めて縫合する
などの事をしています。手術をする上で当たりまえですが、死腔の形成にはかなり気を付けます。人間な
らばドレーンなどが有効なんでしょうが、牛の環境では難しいですから。

@子宮鉗子について
(的場亮平) 子宮鉗子(ウテルス鉗子)の使い方は通常のコッヘル鉗子(曲・無鉤)と同様なのですが、
鉗子の先が幅広の硬質ゴムになっており、子宮壁に与えるダメージが少ないために長所としては
@ 術野を狭めずに術者が縫合しやすいように子宮壁を挙上、反転するのに有効。
A 腹腔内での子宮切開になった時に、胎仔を牽引したあとすぐ切開端に子宮鉗子を装着し、装着した複
数の子宮鉗子を交叉させ腹壁外方向に牽引することにより腹宮内への羊水等の漏出を防ぎやすい。
B 子宮の切開創や胎仔の牽引で生じた裂創の始点が腹腔の深い位置にある時に切開部を腹壁外に挙上す
る操作が楽に行える。
短所としては、
@ 先端が硬質ゴムでできているために、オートクレーブ滅菌できない(ゴムが変性してしまうので)こ
と。
A 通常の鉗子よりかなり価格が高いこと。
などでしょうか。
あれば便利な道具ですが帝王切開にマストな道具ではないので、オミットしてくださって結構です(笑)。
余談ですが、人医の産科領域でも帝王切開後の子宮縫合に関しては、1層縫合と2層縫合についてはそれ
ぞれ諸説あるようで、どちらが良いか結論は出ていないそうです。最初に研修したところで習得した手技
を行い、所属施設で術式の方針が決まっているところではそれに従う…みたいな話でした。
この辺は人医も獣医も同じみたいですね〜。

@術中の座り込みについて
(阿部紀次)帝王切開と、第四胃捻転、腸捻転における起立位での開腹手術を行う時は、崩屈することを
前提にし、腰にカウハンガー&胸に平打ち縄を装着し、
梁ないしはトラクターなど重機に吊ります。ただし、実際に崩屈するまでは緊張させない程度で。
経験上、母牛が疲れている帝王切開では子牛を摘出した後に「ふう〜っと」力が抜けるように崩れます。
同じく消化管の強い痛みがあった症例では、それが整復されたのちに「ふう〜っと」寝ることがあります。
この際使用するカウハンガーは、FHKの重たいやつは不適と考えます。その際は、カウハンガーも含め
てドレープで覆います。
どれだけ準備していても、やはり寝た後の手術は「コタコタ」になってしまいがちです。
ただ、自立できずにカウハンガーに頼ってしまうと、若干閉腹の時筋層、皮膚がよじれることがあります。

@目隠しの意味について
(山本)動物に目隠しをするのは、広く行われています。動物園やアフリカの自然公園など、野生動物の
処置をする際には基本的な手技です。ライオンなどの猛獣の処置をする時に麻酔銃などで麻酔をかけます
が、麻酔がかかって座り込んだとき、まずやることは目隠しです。これは処置をする人間を守るためです。
少し麻酔がかかった状態で人間が近寄ると、目が見えていると動物の体が動ける時は、人間に襲い掛かり
ます。目が見えないと、動物は状況を判断できずにじっとしています。
家畜の処置をする場合も同じです。人間に慣れている場合はいいのですが、人間を怖がる牛は、人間を見
ると暴れて逃げようとします。
その時に、牛も人間も怪我をすることがあります。それを避けるためには、暴れそうな牛には、前もって
目隠しをして処置をするとおとなしくなります。
それを利用して捕獲するのが「楽々頭巾」です(愛知県 宮島吉範先生考案 
https://youtu.be/vpNvq2hGtjg )。目隠しをして牛を動かないようにしてロープをかけて捕獲する、いい
道具です。除角、削蹄、注射、耳標付けの時などに、目隠しは有効です。
動画  楽々頭巾を使ったバイコックスの投薬 https://youtu.be/I3F6846OnKE

以上が備考です。

次に帝王切開のチェック項目を考えてみます。
以上のように、帝王切開の行動の分析を行います。次に今まで書き出した行動から行動のチェック項目を
考えます。このチェック項目は、部下の獣医師がどの部分できてどの部分ができないのかを確認するため
に必要です。
○帝王切開の適応か。30分以内で判断できたか。母牛に負担がかからないように短時間で決める。○畜主
と相談したか。畜主に、リスクの説明
○準備品はそろっているか
○保定はどの方法か、なるべく埃の少ない環境を選ぶ。牛の座り込みや保定が外れたりのアクシデントの
対応を準備する
○麻酔の方法は。 硬膜外麻酔を確実にできるか
○術前の術野消毒、ドレイプ処置はできたか
○皮膚の切開部位は、どこを何cm切るのか、左?部か右?部か、縦切開か斜切開か。奇形胎児、超過大
児、腐敗胎児の時の切開部位の判断
○子宮弛緩剤を投与したか
○筋層の切開の時に止血を、しているか
○子宮を確保し、子宮の切開の前に、創外に出しているか
○子宮の切開創の長さは、十分か
○子宮の縫合は、ユトレヒト法で。起点と終点の結紮を3回以上しているか
○子宮の縫合後に縫合の隙間、子宮の裂創の確認
○癒着防止剤、抗生剤の投与はしたか
○死腔を作らないように、筋層を拾っているか
○術後の母牛の管理を畜主に説明したか

@「ピンポイント行動」
ピンポイント行動とは、一連の行動の中に潜む、「結果に直結している行動」のことをいいます。これだけ
は確実にやる行動のことです。帝王切開のピンポイント行動は以下の3つです。
1.5分〜30分以内の、手術開始の判断。(母牛の産道損傷や汚染しないよう、子牛が衰弱しないよう。)
(子牛の生存率を上げ、母牛の受胎率をあげるためには難産介助を長い時間行い母牛の子宮内を汚染させ
胎児を衰弱させ母牛を衰弱させるのではなく、いかに迅速に手術の判断をするかにかかっています。)
2.術式の的確な判断。(過大児、奇形児、腐敗胎児、起立不能時などの時に、立位か横臥位か、左か右か、
切開場所、切開長はなど)
3.汚染を防ぐ対応。(清潔な術式、環境対策、座り込みなどのアクシデントへの対応)
以上のように、「帝王切開」について行動科学では考えます。

このように、消毒、手術の準備、麻酔法、帝王切開、第4胃手術、子宮捻転、子宮脱、膣脱、子宮洗浄、
尿石症の手術、新生子牛の蘇生術などを、今のところ行っています。今は50名ほどのメンバーでメーリ
ングリストを使いながら、エクセルのファイルに各自追加しながら書き出しを行っています。(この作業は、
新しい有効な手技や手順が出てくるので、いつまでも完成することはありませんが。)他にもいろんな処置
や手術について分析することで、診療所の獣医師の診療の質と精度を上げることができると思います。



行動科学の利用分野

診療車の整理の必要性

獣医師にとってみれば「診療車の環境=頭の中の状態」と置き換えることができます。
スムーズにテキパキと治療したいのに、使う器具が見つからなかったり診療車に積んでいなかったり、薬
が見つからなかったり、期限切れの薬しかなかったり、手術の途中で必要な器具を車に取りに行ったり、
緊急の薬をみつけるのにモタモタしたりなどは取りたい行動を邪魔する要因です。
獣医師は各自で自分なりに、やりやすいように配置を決めていると思いますが、実際には人によって配置
や整理整頓度、清潔度などバラバラです。個人の裁量に任せられていています。
診療車が整理整頓されていないと、どんなことになるでしょう。まず、使った注射器や薬のビンが散らか
っています。使った薬の紙箱が、雨に濡れてカビが生えています。
乱雑に入れられた薬は、どこの何があるかよくわからず、下の方には、使用期限の切れた薬がカビの生え
た箱に入っています。治療に必要な薬を探そうとしても、車に積んでなく、特に緊急で必要な薬が見つか
りません。使った針も散らかって、新しい針がなかったら古い針を洗って使います。
獣医師が出すゴミは、注射器、針、薬びん、ビニール、補液管など数種類になります。それを分別して、
医療廃棄物として出すのが通常の処理です。それが、使った医療廃棄物も分別してなく、ごちゃ混ぜに入
っているようなら、ゴミと薬が混ざっています。こんな状態では、まともな診療つまり「質と精度」が高
い診療が、できるはずはありません。


でも、散らかった診療車に乗っている獣医師に聞いてみると、「これで、何十年診療をしてきたけど、別に
問題はなかったよ!」と言います。自分の診療の質と精度が、いかに低いかと言っているようなものです。
なにしろ、学校を卒業して以来数年あるいは数十年、整理整頓の必要性と意味を教わったことがないから
です。こう言う私も、以前は適当にしていたので、大きなことは言えないのですが。

ビジネスの業界で言われている言葉の「整理整頓ができて初めて標準の作業に取り掛かれる」これは獣医
師でも、同じです。でも、獣医師は学校でも職場でも、こんなことは習わないのです。診療車が整理整頓
されていない状態は、ちょうど、頭の中が整理整頓されていないのとおもしろいくらいに符号します。過
去の治療経過や症例、治療結果など整理整頓されていなく、ごちゃ混ぜに頭の中にあるという目に見えな
い事を、診療車を見ることで目に見ることができます。ベテラン獣医師で、「診療車はゴタゴタなのに治療
は神業ですごい」という人間国宝的な人もいますが、診療所としてチームでのレベルを上げ、質と精度の
高い診療をするには診療車の整理整頓は必要な要素です。
  
多くの工場では、手数が少なく、秒数が短くなるには、何をどこに置けば、効率的に間違いが少なく質の
高い作業ができるのかを考えて、改善がなされています。診療車でも同じように、頻繁に使う物を手数が
少なく秒数が短くなるには、また、右利きと左利きでは、どう置けばいいのかを考えて配置を見直すこと
は、各獣医師にとって有用です。車のサイズ、形によって配置は変わります。これがベストといった事例
は、ないと思いますが行動科学的な発想で、診療車の配置を考えることは、意味が有ることだと思います。


定物定位
スムーズにテキパキと治療することを実行するために「定物定位」を使います。
診療行為をするときに使う診断器具、薬、道具などの使い勝手を考えながら引き出しや箱のなかに置いて
いき、一番使いやすくなった、きれいになった状態を見つけます。トヨタなどの企業では、ひとつひとつ
の作業を分解して、どこに何を配置することが、作業の時間を何秒省くことが出来るのかを分析していま
す。人が変わっても同じことが再現できるように配置と、作業を分析(マニュアル化)します。
作業手順の1秒2秒の無駄を取るには、また、人による作業のバラツキをなくすためには、どんな配置で、
どの手順で作業をすればいいのかを日々更新しています。
使いやすさとは、作業動線、作業の行動の回数(行動とは、例えばどこにあるか探す、見つける、引き出
しに手を添える、引き出しを引く、引き出しの中を探す、選んで手を伸ばす、取り出す、引き出しを戻す、
などの動作の回数です)これらを考えて一番使いやすい状態を探します。
それが決まったら、「定物定位」で決まったものを決まった場所に置くことで、整理整頓できます。
定位定物の例を紹介します。
下の写真は、診療時に使うアタッシュケースです。蓋の裏に自作でペン立をつくり必要なものを入れてい
ます。印鑑、朱肉、領収書、ボールペン3本、名前のスタンプ、爪切り、USBです。


下の写真は、注射器を入れる引き出しです。厚紙とガムテープで仕切りを作り(厚紙とガムテープはおし
ゃれではないのですがサイズが合う容器がなかったので自作しました。それにしてももう少し見栄えよく
作ってもよかったかも)、注射器のサイズごとに分けて入れます。これによりどのサイズの注射器が足りな
いのか、補充するのは何本かがすぐにわかります。
 


下の写真は、点滴管関係の引き出しです。同じように仕切りを作り、点滴管、連結管、延長チューブなど
を分けて入れます。
 


下の写真は、100mlビンを入れる引き出しです。入れるところに薬の名前を書いています。使った後の補
充すべき薬が何なのかが、すぐにわかります。



整理の手法。

「整理整頓? そんなことは、大きなお世話だ! 自分の診療車は散らかっているけど自分はそれで20年
仕事をしてきた! 何も問題は起きなかった!」と言いたいかもしれません。あるいは、自分の診療車が
散らかっているという認識がないかもしれません。(だって、診療所の獣医師の車は、みんなそんなものだ
から)。工場のように多くの人がかかわる作業ではなく、診療車の場合は使うのは一人しかいなく、その人
の好みで適当に配置しているのが現状です。

ゴタゴタしている診療車をどうやって整理すればいいでしょうか? これは、よくテレビでゴミ屋敷を片
付ける番組がありますが、散らかった家を整理整頓する手法と同じです。家の中のゴミを必要な物と捨て
る物に仕分けし(ゴミ屋敷では、ほとんどが捨てる物ですが)、必要な物だけを選んで、整理して家の中に
配置する方法です。診療車の配置を見直す前に、載せすぎている薬や器具を点検する必要があります。診
療地区の範囲にもよりますが、よく診療所に帰ってくる場合、多くの薬を載せる必要はありません。一旦
すべての薬や道具を車から出し、車の中を掃除します。その後、必要なものを必要な量だけ仕分けし、そ
れを診療車のケースの中に使用頻度に応じて、取り出しやすい場所と高さを考えて入れ直すことです。最
低1日分の薬を載せればいいのです。不必要なのもは、診療所の薬室に戻し、年に数回しか使わないもの
は、「時々使う箱」に入れて車に乗せるか、診療所の薬室に置きます。私の場合もそうでしたが、例えば1
日に最大限5本使う薬を10本入りの箱ごと入れています。10本入りの箱を何種類も入れていました。そ
れぞれ必要な本数づつ、引き出しの中に入れたり、100円ショップで調達した小分けケースに薬ごとに仕
分けして入れて整理すると(下の写真は例)すっきりします。


車の中の配置は平置きなのか、何段かの引き出しを使う立体型なのか、引き出しを使う場合は、引き出し
のサイズ、高さ、幅、奥行、段数は何段か。引き出しに入れる薬や器具のサイズによって長さは変わりま
す。適切なサイズを決めるまでは何回も試行錯誤があり、いつまでも変更が続きます。車の発進や停止、
カーブ、急な上り坂下り坂の時に、引き出しが飛び出したりするのを、どうやって防いでいるのか。引き
出しは外注なのか既製品の組み合わせなのか、などが配置するポイントです。
ただ、使う薬品のサイズは20種類くらいかあるけれど、全国に流通しているので、どの獣医師も使ってい
ます。だから共通する配置があるはずです。500~1000mlの補液剤、100mlのガラス瓶、10~20mlのアン
プル、10~20mlのバイアル瓶、10~100gの粉薬(整腸剤、抗生剤)など1~2日の診療に必要な量は、大き
く違いはありません。だから他の獣医師が使っている収納方法は使える部分も多くあります。
薬や道具を入れるケースは、どんなものがいいのかを吟味します。入れやすく、どこに何が入っているか
見やすく、取り出しやすい入れ物を探します。ホームセンターや100円ショップは、診療車の改装用具の
宝庫です。高さ、奥行き、幅はどれくらいがいいのかは、入れる薬や道具のサイズによります。引き出し
式のケースでは、洋服ケースや納戸に入れるケース、数段付いているケースなどいろんな形やサイズがあ
りますが、それを車のどこに配置できるのか、診察や治療の準備、治療後の片付けなど効率的にやるため
には、よく使う薬、注射器を一番見やすく取り出しやすいところに配置します。さらに、バックドアや左
右サイドドアを何回も行き来しなくていいように、動線が短くなるようにケースの中の薬や道具の配置を
決めます。ただし、どうすれば使い易いかと考えると、これは日々変化してもおかしくはありません、



診療時の行動の分析


ここで診療時の行動を分析してみましょう。例として「注射器に薬を入れる」を分析すると
@注射器の入っている箱あるいは引き出しを開ける。
@注射器を取る
@注射器の袋を破る
@袋をゴミ箱に入れる
@針の入っている箱あるいは引き出しを開ける(注射器と同じ場所ならこの行動はナシ)
@針の包装を破り、針を注射器に付ける
@包装をゴミ箱に入れる
@薬の入っている箱あるいは引き出しを開ける
@薬を取り出し、注射器に入れる。
@これを、準備する注射の数だけ繰り返す。
@注射器の数が多く、トレイなどを使う場合、トレイを準備する。
@注射器をポケットあるいはトレイに入れて牛舎に持っていく。
ほとんどの獣医師が同じ作業をしていますが、この一連の行動の手数を少なく、動く歩数を少なく、サク
サクと行うには、どんな配置がベストなのか、おおむね共通するやり方があると思います。これは、台所
の配置と同じです。台所のシンクサイズや食器棚のサイズ配置は違うけれど、よく使う物は出しやすく収
納しやすくするためのノウハウやアイデアは各種雑誌やテレビの主婦向け番組でよく放送されています。
大動物獣医師の診療車では、この話題はほとんど出てきませんが、薬(アンプル、5〜100mlのビン)、補
液剤、診療器具、収納ケースのサイズ、形、段数、配置、ゴミ処理、診療準備する時の動作など、お互い
の診療車を比べたり、アイデアや工夫を共有することはおおいに役にたちます。



診療車の整理

行動科学では、カバンを整理するために、カバンの中から「もしかしたら使うかもしれない物」を出しな
さいといいます。
10年前にやや小さな診療車に変えて、薬品や用具を平置き型から縦置き型に変えました。
その時に、整理してみると同じ薬が何本もあったり、1年に1回くらいしか使わない道具があったりしま
した。基本的に毎日薬を補充し、通常の診療で1日使う最大限の量の薬だけにしてみると、かなり整理で
き、コンパクトに配置できました。
具体的な例として、私の縦置き型の配置を紹介します。この時の診療車は、ホンダのフリードです。サイ
ドドアはスライド式です。前の座席と後部座席を移動するにはスライドドアの方が、開きドアよりも動線
が短くなるのでこの車種を選んでいます。
下の写真は、後部ドアに置いているケースを3つ入れるための木の枠です。枠に入れると車が揺れても収
納ケースが安定して、ずれません。

木の枠の手前下には高さ5pのたる木を入れて傾斜をつけて、ケースの引き出しが車の発進や上り坂で飛
び出さないように手前を高くしています。



木の枠には3つの収納ケースを入れています。引き出しは全部で15個あります。
 
 引き出し1(深さ17p)   100mlの瓶(高さ11p)とパンカル注(高さ13.5p)など
   
 引き出し2(深さ17p) よく使うアル綿や10mlアンプル(高さ10p)、ビタミンK1,パラスチミン、
プリンペラン、パドリン、麻酔、テラプチク、Kcl液(高さ10.5p)、マイシリン、ペン、ブラシなど。こ
この高さ(引き出し2、6,7,12,13)は中が見やすく取り出しやすいので、よく使う物や薬を入れる。
    
 
 
 引き出し3(深さ17p) 
 ゴミ用。注射器、ビン、プラスチックに分別。直検用石鹸。
      
 
 引き出し4(深さ8p) 
 お産用具。産科ロープ、牽引用滑車、頭部確保用Vベルト、口腔粘液吸引用ホース(長さ1m、外径13.5
mm、内径8mm、断端は面取り)、ヘソ用クリップ(台所用品、ビニール袋の口止め用、長さ6cm、1個
10円)
 
 
 
 引き出し5(深さ8p) 
 ゴム手袋、体温計、ヘッドライト、イージーブリード、石鹸予備、削蹄鎌
    
 
 引き出し6(深さ8p) 
 5mlアンプル(高さ7p)、20mlバイアル(高さ6.5p)10mlバイアル(高さ5p)
 

 引き出し7(深さ8p) 検査関係
 採血管、採乳管、アダプター、尿検査試薬、アゾスチック、乳酸検査器、翼状針、三方活栓
 
 引き出し8(深さ8p)経口用薬
 ストマイ顆粒、ゼノストン、ウロストン、中森獣医散、ダイメトン末、ゲンタリン細粒、ウルソ末など
    
 
 引き出し9(深さ8p)
 乳房炎用軟膏、座薬など
 
 
 
 引き出し10(深さ8p)
 テーピング、套管針、各種錠剤、硬膜外針、長いカテーテルなど
 
 
 
 
 引き出し10(深さ8p)注射器
 各サイズごとに、仕切りを作り分別
 
 
 引き出し11(深さ8p)
 補液管、連結管、延長チューブ、シース管カバー
 
 
 引き出し12(深さ8p)
 留置針、テーピング、ハサミ、直検手袋固定用輪ゴム、バリカン、ライター(毛焼き用)、バイコックス
など
 
 引き出し13(深さ8p)
 注射針(3サイズ、18G1インチ、18G1.5インチ、16G2インチ)、注射器、使用済の針を入れる箱、
 
 
 
 引き出し14(深さ8p)
 去勢用ドリル、毛焼き用ライター、はさみ。
 
 
 
 下の写真は、膣鏡やシース管、頸管鉗子などの長物を立てる自作スタンドです。
       

 
 
 下の写真は左サイドドアの配置です。床下が広いので多くの機材を収納しています。
 
 
 下の写真は右サイドドアです。
 
 
 下の写真はバックドアの床下収納です。
 
 
急患でそれがなければ死ぬという物は持ってなければいけませんが、診療所に取りに行けばいいまのは積
まなくていいです。診療所が遠くて、すぐに取りにいけないなら状況なら「使うかもしれないケース」を
作って入れて置けばいいです。


ちなみに私の事務用のアタッシュケースの中も、使うかもしれない物を出すと非常にすっきりしました。
出して車の小箱に入れたのはICレコーダー、創テープ、ハンドクリーム、目薬、クリップ、はさみ、定規
などです。
残したのは、往診簿、領収書、印鑑、ボールペン3本、名前スタンプ、財布、委任状用紙、爪切り。これ
だけの物を、アタッシュケースを開けた時に蓋の裏に、自作でペン立を作り入れています。定位定物のた
めにペン立は有効です。



診療車の整理整頓のピンポイント行動

行動科学で言う「ピンポイント行動」とは成果に直結する行動のことです。ピンポイント行動は、通常2
〜3個選びます。
診療車がいつも片付いているピンポイント行動は「毎日、道具や薬を元の位置に戻す」「作業動線が効率的
な配置をし、日々進化している」「毎日、掃除をする」です。

チェックリスト化
以前に例に出した「帝王切開」の行動の分析をして、自分自身や部下がうまくできるかどうかを確認する
ためのチェックリストは紹介しました。
それともう一つ、行動科学では、日常よく行う行動にチェックリストを作りなさいといわれます。
繰り返す行動はチェックリスト化することで、ミスが減りサクサク動けます。リスト化してないと何をす
るのか考えながらすすめたりするとサクサク動けないし、ミスや忘れ物をすることが多いです。特に若手
獣医師にとっては必需品ですし、経験者のはずの私も忘れ物をしたり手抜きをしたり見落としをしたりし
ます。それを防ぐためにも、リストを使う方が行動の精度が上がります。
私が使うチェックリストとしていくつか紹介します。
下は、私が独自に作った肺炎のチェックリストです。治療をしながら治療の漏れがないかを確認するため
です。これは私が今やっているリストなので必ずしも獣医学的に正しいとはかぎりません。チェックリス
トを診療所のみんなで共有することで見逃しを減らすことができます。診療所の獣医師の治療の質と精度
を上げるために、チェックリストの作成は、診療所長の取るべき行動の一つです。

肺炎チェックリスト
○抗生剤  マクロライド:タイロシン、ミコチル、エリスロマイシンの連用 ビクタス セファゾリン  
フォーベット1ml/25kg 
○点滴   酢酸リンゲル1L+KCl20ml(子牛で1日2〜3リットル。24時間点滴。)+25%ブドー500ml 
セファゾリン1gを静注後1gを補液内に入れる。
ディマゾン0.6ml〜1.2ml/30kg筋注 アミノ酸製剤 アミカリック輸液500ml か ユニカリックL 
1000ml 合成抗トロンビンFOY プロビトール 100~200r/50kg体重 点滴。点滴中は毎日Na Cl 
K Ca Mgの検査をする
○経口   ダイスパス 朝夕1個 エリスロ末 経口5g/日 アミノプラスK 5g/日  イソパールP 
テオフィリン 朝夕1個
○輸血   500ml(へパリン5000IU添加)/50kg体重
○酸素吸入 流量3L/分 7立方mで2日間もつ
○吸入 ビクタス4ml+メプチン1ml 1回15分 1日2回3日間
○鼻ワクチン TSV2
○慢性肺炎 Amino Shure-L 10〜60g/day を2ヶ月 発育促進、アルファット(20%アルギニン)50〜
100g/day 免疫アップ。予防 週に1回煙霧消毒 グルタクリーン RSウイルスの時は毎日消毒。
○初回ビタミンD3 3ml+ビタミンADE剤(ゼノビタンなど)3〜5ml+ビタミンE注10ml+パンカル注
10ml、ドン八ヶ岳ADE 50g×10日間飼料添加。 その後、月に1回ビタミンADE剤(ゼノビタンなど)
1〜2ml+ビタミンE注10ml+パンカル注10ml。バイオモアカット20g/日を50日間
モネンシン。スターター(明治 ベネキング)として生後から5か月まで。最大3kg。5か月以後子牛の
餌に変える。肺炎の子牛に使うのは効果あり。
○肺炎予防。検査 γグロブリンが1.0/100ml以下、コレステロ−ルが80mg/100ml以下の子牛は低栄養
に起因する免疫機能低下。血糖値、BUNも検査。代用乳の質、量、給与回数、湿度、スターターの質、
量の検討が必要。

以上が肺炎のチェックリストです。かつて、よく治療漏れがあり、牛が死亡してから「そういえば○○と
○○をしてなかった」とかよくありました。これではいけないなと思いチェックリストを作りました。治
療が終わって、あるいは帰ってからも治療内容に漏れがないかを確認できます。チェックリストは新しい
情報が入った時は更新して作り変えます。

甚急性乳房炎のチェックリスト
○水様性下痢、脱水、水様性乳汁、血様乳汁、乳房皮膚冷感、結膜充血、発熱40度以上
第1胃運動の停止、尿検査では高濃度の蛋白(80%発現)と潜血(50%発現)
ブツがある時は違うことが多い。発見時は軽度、乳房腫脹も軽度。起立不能、泌乳停止、高泌乳牛、
○抗生剤を使わない
○乳房洗浄 生食1L+デスフェラール500r(初回のみ)+デキサ5ml 朝夕 1日2回 3日間
○乳汁の細菌検査。血液検査によりCa Mg K Na Clチェック。
○高張食塩液 3L + 25か50%高張ブドウ糖500ml +フルニキシル20ml
○血液検査でCaは低ければ、ニューボロカール500ml〜1000ml、
○ヘパリン 5〜10万単位1日、輸血 2〜3 L
○経口投与 水20〜60L 1日2回。それにKcl 100g、塩50g、砂糖200g、レバチオ、VADE、ビオ
スリー200g、トルミサン200g、血中Caが低ければCa剤(第2リンカルかボログルコン酸Ca)300g
○抗生剤 2日目以後 ビクタス

以上が甚急性乳房炎のチェックリストです。あくまでも私が使っている現在時点でのリストですので、皆
さんの治療とは違う部分があると思います

下は、手術道具のチェックリストです。

開腹手術 バリカンかカミソリ、石けん、イソジン、アル綿、コップ、目隠し
  ドレイプ120p×120p、接着剤G17、ペーパータオル10枚
  基本手術道具(は針器、鉗子5本、角針、丸針、大針、滅菌ガーゼ5枚)
  生食1リットル、抗生剤
  硬膜外針、キシロカイン6mlか塩プロ30ml
  縫合糸カセット
4胃変位  ガス抜き針
帝王切開 套管針(第1胃のガス抜き用、横臥左切開の時)、子宮鉗子
  滅菌タオル3枚(腐敗胎児の場合は10枚)。タオル鉗子6本。ペーパータオル10枚
  10%トラネキサム酸30ml、プラ二パート10ml、生食3リットル
  タオル鉗子6〜10本(座り込み時用)
腸捻転 腸鉗子2本、カットグット(針付細糸)、生食3リットル、滅菌タオル3枚
第1胃切開 滅菌タオル3枚 、タオル鉗子6本、生食3リットル、ドレイプ2枚
(第4胃切開) 第3胃異物除去の場合は長さ1.5m径10oのホース、ジョロ、長さ1.5m径26oの
ホース
腸管破裂 生食20〜40リットル(40度の湯10リットルに塩90g)
膀胱破裂 20Frのバルーンカテーテル
尿道結石 結石粉砕用針(18G1.5インチ)


チェックリストとして、以前に記載しました手術の行動のためのリストもあります。
このチェック項目は、部下の獣医師がどの部分できてどの部分ができないのかを確認するために必要です。
例えば帝王切開では。
○帝王切開の適応か。30分以内で判断できたか。母牛に負担がかからないように短時間で決める。
○畜主と相談したか。畜主に、リスクの説明
○準備品はそろっているか
○保定はどの方法か、なるべく埃の少ない環境を選ぶ。牛の座り込みや保定が外れたりのアクシデントの
対応を準備する
○麻酔の方法は。 硬膜外麻酔を確実にできるか
○術前の術野消毒、ドレイプ処置はできたか
○皮膚の切開部位は、どこを何cm切るのか、左けん部か右けん部か、縦切開か斜切開か。奇形胎児、超
過大児、腐敗胎児の時の切開部位の判断
○子宮弛緩剤を投与したか
○筋層の切開の時に止血を、しているか
○子宮を確保し、子宮の切開の前に、創外に出しているか
○子宮の切開創の長さは、十分か
○子宮の縫合は、ユトレヒト法で。起点と終点の結紮を3回以上しているか
○子宮の縫合後に縫合の隙間、子宮の裂創の確認
○癒着防止剤、抗生剤の投与はしたか
○死腔を作らないように、筋層を拾っているか
○術後の母牛の管理を畜主に説明したか

このようにチェックリストを作りA4用紙に印刷して、クリアファイルに入れて、診療車の取り出しやす
い所に置いていれば治療前や治療後にチェックをして、漏れをなくすことができます。
通常の病気で治りやすいものはいいのですが、治りにくいものや、たまにしか出ない病気、重い病気、通
常よく行う動作などについてリストを作り行動をチェックすることは有用な手法です。


診療カード

診療で使うチェックリストの例です。診察の時、新人の時は経験不足で、ベテランになったら手抜きで、
症状の見逃しがあって、後から「あっ! ここも悪かったんだ!」と思うことが私にかぎらず、よくある
と思います。下は私が30年前に作ったカードです。望診、触診、聴診、直検などのカードの項目をチェッ
クすることで見逃しが減ります。
また、「何年か前もこの病気があったけど。経過と治療はどうだったかな」と別の症例に会った時に、経過
を見返す時も役に立ちます。
診療所の獣医師の治療の質と精度を上げるために、診療カードの作成は、診療所長の取るべき行動の一つ
です。

 

下のカードは、パソコンで作ったものです。
パソコンの場合は、項目の入力などは、ポップアップで症状が出てくるように作れるし、後で症例を検索
するのには便利です。これらのカードは基本的な項目は変わらないと思いますが、診療所に合わせて改良
すればいいと思います。



診療所長のチェックリストでの役割

今回の行動科学の話題では、胃洗浄や帝王切開を例にとってエクセルファイルで書き出していますが、こ
れ自体が診療マニュアルになります。
さて、あなたの診療所では診療マニュアルはあるでしょうか。ほとんどの所では、ありません。また、チ
ェックリストやマニュアルを作っても、2,3日したら使わなくなります。マニュアルやチェックリストを
使用する目的は、業務の標準化であり、全員のパフォーマンスを向上させることであり、それが診療所全
体の業績の向上に直結していきます。部下にマニュアルやチェックリストを渡しただけでは、1日や2日
で誰も使わなくなることは明らかです。多くの会社でマニュアルがありますが、あるだけで機能していな
い時、診療所長はどうすれば部下にマニュアルを継続して使用してもらえるのか。「仕事だからやれ」と命
令しただけでは使いません。みんながマニュアルを使いたくなるような環境づくり、つまり、なぜ必要か、
どんな効果があるか、作っていく行程、現状に合わせた更新などがマニュアルについての大切な行動です。
マニュアルで大事な事は、これが変わりつづけていく、ということです。業務は現場で起こっていますが、
仕事をしながらメンバーの知恵と工夫で随時変わり、それが実行されていくことが要点です。
診療車内のケースや道具や薬の配置などは日々変化してもおかしくありません。それをみんなで共有する
ことで日々変化することがその診療所内で定着します。マニュアルやチェックリストを診療所のみんなで
作ることは、非常に高い成果を生みます。作る工程で、いろんな手技や手法、考え方、具体的な行動など
が出てきて各自の勉強になります。特に新人にとっては、なぜ、その方法がほかの方法に比べていいのか、
ほかの方法ではどんな不具合が起こる可能性があるのか、過去にやった方法でうまくいかなかった事など
を知ることができ、また、新しく行った手法や手技がよければそれに変更します。
最近は規模が大きくなり、従業員が増えている農場が多くなりました。このマニュアルやチェックリスト
つくりの工程は、診療所のみならず、今後生き残っていく農場でも非常に有効な手法です。

どんなマニュアルが効果的か。「廊下を走るな」とか「スピード出すな」などの言葉をよく見かけますが、
ほとんど効果がありません。同じように「しっかり消毒しよう」「丁寧な説明を農家にする」「往診に行っ
たら挨拶をしよう」などとマニュアルに書かれていても、ほとんど効果がありません。行動科学的に分析
した細かい行動として書き出してマニュアルを作ることで診療所職員に共通してレベルを上げることに役
に立つものができます。また、経験者の人にしか分からないような内容になっていたりします。これでは、
せっかくマニュアルを作った意味がありません。新人が読んで、本当に理解できる内容に仕上がっている
のか。すぐに行動に移せる内容になっているのか。行動を再現できる内容になっているかが大事です。
マニュアルには文章だけでなくフローチャートや写真や動画など「見える化」した内容は特に理解しやす
くなります。
この文章は、文字だけで書いていますが、例に出した帝王切開のエクセルファイルではネットのサイトや
動画へのリンクを付けて「見える化」しています。

マニュアルやチェックリストの更新は、これを使い続けるための重要な要素です。これを渡しただけでは、
すぐに使わなくなります。メンバーの新しい提案をいつでも聞き出せる環境を診療所長は作るべきです。
診療所長が「そんなことは今さら言うな!」とか「面倒だから、わざわざみんなで集まってミーティング
などしない」とか発言したら最悪です。部下は、「どうせ言っても、所長から怒られるし聞いてくれない」
と思って、何も発言や提案をしなくなります。アメリカでは部下が嫌なことを言ったら「そんな言いにく
い事を言ってくれて、ありがとう」とまず言わなければいけません。それから部下の提案をどうすれば使
えるのかを具体的に考える必要があります。また、部下が「こんな基本的な質問をしても恥ずかしい」と
か思わずに部下が発現できる雰囲気を診療所長は作るべきです。「距離的に遠くて集まりにくい場合は、今
はネットでも可能です。スカイプなどを使えば時間さえ決めていれば、ミーティングをすることができま
す。診療所長の取るべき行動としては、日時を決め、みんなに集合をかけ、この話題を提案する行動をリ
スト化することです。
発言しやすい診療所にするための診療所長の行動の例として、部下に毎日5回は声をかける、今日の診療
の報告を少なくとも15分は聞く、部下の疑問や失敗を聞き出す。聞き出すためには、笑顔は必ず入れ、相
手の話を引き出す質問をする。(聞き出す質問:診療所長の行動は後述)

診療車の中での時間の使い方の行動
診療の移動中の時間は1日でトータルすると結構あります。
2時間から長い人で4〜5時間は車の中です。この時間にどんな行動をするか。音楽やラジオを聴いている
という人も多いかもしれません。

もっと有効に使うためには、どんな行動があるでしょうか。いろんなセミナーや学会、情報誌、ネット情
報などで有効な情報を目にします。「これはいい!」と思っていても数カ月から数年の時間がたつと忘れて
しまったり、どこに書いてあるのかを忘れたりします。それを解決するひとつの方法は、情報を音声化し
て診療車の中で繰り返し聞くことです。
例えば、私がやっているのは、知識を増やすためには、各種のセミナーに行った時にはICレコーダーに録
音しておき、車の中での聞くことです。
私なんかはセミナーに参加して1回だけ聞いても理解できません、あるいは、しっかりと頭の中に記憶で
きないことは多いです。10回ほど聞くことで理解も深まるし記憶にも残ります。診療所内で参加できたセ
ミナーは録音して、みんなで共有できるとセミナーの数が増えます。私の集めたセミナー録音は200個ほ
どになりました。
セミナーの録音だけでなく自分で録音することもできます。教科書や文献、情報誌を読んで重要なポイン
トを自分で読み上げてICレコーダーに録音することです。特に重要だと思う事項は最低10回反復します。
ネット上で見つけたサイトや文献も、音声読み上げソフト(無料ソフトのSofTalkなど)で音声にできま
す。最近の車のオーディオには、SDカードやUSBを接続できますが、mp3などの音声ファイルにして
使えば運転中に聞くことができます。私が作った音声ファイルの例として、大動物鹿児島臨床研究会のホ
ームページから過去の話題、60回分をmp3ファイルに変換してSDカードに入れ、車のオ−ディオで聞
いています。Pdf形式でネット上に掲載されている情報の場合は、Pdf変換ソフト(いきなりPDF等)で
テキストファイルに変換して、変換したテキストファイルを音声ファイルにすれば聞けます。
診療所の獣医師の治療の質と精度を上げるために、これらの音声のデータベースへの蓄積は、診療所長の
取るべき行動の一つです。

私は運転中に頭に浮かぶアイデアを記録するためにメモ帳や付箋、レコーダーを運転席横に置いておきま
す。
アイデアは生鮮食品と言われます。アイデアが浮かんでもしばらくすると忘れてしまうので、浮かんだ時
にすぐに記録できるように行動することが必要です。特に最近は何かを考えついてもすぐに忘れてしまい
ます。「えーと?何か忘れているけど、何だったかな?」とか忘れたことは覚えているのだけど、何を忘れ
たかを思い出せません。
運転中に思いつくこと、例えば、「あの薬をあの症例に使ってみよう」「あの器具を注文してみよう」「あの
情報をネットで調べてみよう」「あの農場の問題点を整理するために農場ミーティングを勧めてみよう」「ミ
ーティングの話題は、○と○と○にしよう」などと運転中はいろいろと思いついているはずです。

このアイデアを固定する行動を抜き出してみると。付箋かICレコーダーを買いに行く。持っている人は、
探して車の運転席のすぐに出せるところに置く。さっそく、運転中に思いついたことを記録する。記録し
た事を、車を止めた時に確認する。確認したことを実行する。メモ帳などに書いた項目は、実行したら赤
の横線で消す。
「赤の横線で消す」意義を追加すると。メモ帳や予定帳に書いた項目を、実行したら赤の横線で消すこと
で、どこが残っているかがわかりやすいし、さらに実行して赤線が増え、赤い線が増えたメモ帳や予定帳
を見ることで「よく頑張った!」とか「ここまでやった!」とかの達成感を得ることができます。自らの
モチベーションを高める方法のひとつです。

急に空く時間の使い方も準備が必要です。1日中診療で走り回っていることもあるけれど、診療が空くこ
ともあります。空いた時間に何をするのか、まずすべき行動は、「時間が空いたら何をするかリスト」を作
ることです。私がするのは、カルテ書きです。パソコンに入れてあるカルテを仕上げるのに使います。他
にも原稿書きや、文献整理、それに車の運転中に思いついた「今日明日中にやること」です。

実行するために
行動科学では、やろうと思っているのに、始められない、始めても続けられない、やり始めてもサクサク
できないのは、行動が間違っているからだと規定します。
私も、気合いや根性や意志の力でやるというのは無理です。診療車の整理や文献の整理。毎日の勉強。カ
ルテの記入、毎日の症例の分析などです。往診先の農場も、水槽の掃除、牛舎の環境整備、記録の整理、
ミーティング、従業員のレベルアップなど農場主も、やらないといけないことはわかっているのに、実行
したり続けたりできてないのが実情です。
行動科学では、「面倒くさくてもできる、やりたくなくてもできるための環境や仕組みつくりをする」とい
う考え方です。
やろうと思っているのに、始められない、始めても続けられない。この時、考える要素が「スモールゴー
ル」「ご褒美とペナルティー」「サポーター」です。

この3つを診療車の整理で考えてみましょう。
自分の診療車は問題ないなと思っていたのに、「診療車の環境=頭の中の状態」とか言われると、診療車を
整理しなくてはと思っている方もいることでしょう。

まず初めにすることがゴールの設定の仕方です。ゴールは高い設定でなくて少し頑張ればできる程度の「ス
モールゴール」の設定をします。その日に使った薬の補充とゴミ捨ては毎日している事だと思います。診
療中の動線、準備作業の手順、手数、薬や診療道具の積む種類と数を考えての配置を診療車全体で整理し
ようとしても時間がかかるし面倒なので、例えば、初めはよく使う、抗生剤とホルモン剤の整理のみ。
これだけなら30分もあればできると思います。抗生剤の種類と本数、取り出しやすさ(高さ、手前か奥か、
薬収納箱の深さ奥行きなど)取り出す頻度による配置、注射器に充填する時の注射器の包装を入れるゴミ
箱との配置、ゴミの分別廃棄、治療後の注射器の廃棄のし易さやなど、サクサク動けるように考えてみて
ください。サクサク動くというのは、引き出しや蓋を開けたり閉めたりする回数を減らす。薬や器具を準
備するためバックドアからサイドドアに移動する動線を減らす。処置ごと(下痢の治療、去勢、繁殖治療、
食欲なしの診断など)に使う薬や道具を出しやすいように配置する。準備するための手数をなるべく減ら
すために、薬や道具などの配置は安定した形が決まるまでは日々変化してもおかしくありません。毎日の
診療でベストな配置を試行錯誤することで、使いやすい診療車になります。

スモールゴールは、すべて完成させようとしなくて、1日10分間だけとか1週間に1回だけとか、無理な
く始められて続けられるようなゴールを設定します。
目標の設定方法は少し違いますが、「原田式目標達成方法」という手法を作った元中学教師で今は企業の社
員教育コンサルをやられている原田氏が言われる言葉に「多くの人は、目標の作り方が間違っているので、
目標を立てた時から失敗している」と言われています。
つまりスタートの仕方が間違っているのです。スモールゴールの設定は、行動をスタートさせるための第
一の作業です。今の力の150%や200%の高すぎるゴールを設定すると、多くの人がゴールに行きつく前
に、疲れてしまったり、諦めたり、飽きたりして投げ出します。今の力から少し頑張ったくらいの110%
〜120%くらいの力で達成できるゴールの設定です。
ゴール設定の期間も重要です。半年後、1年後とかの長い期間で設定すると、挫折します。概ね2週間程
度の期間でスモールゴールを設定します。

「サポーター」とは、目標達成をサポートしてくれる人です。一人で目標を立ててそれを実行すると言っ
ても、しだいに面倒になったり、意欲が続かなかったり、忘れてしまったりで、なかなか難しいのが現状
です。私もなかなか続きません。そんな時は、自分を応援してくれる人、あるいは見てくれる人やグルー
プを作ることです。同じ目標のグループつくりも効果があります。

例えば診療所なら、診療所内で診療車をみんなで見せ合うことです。月に1回とか2か月に1回とかの間
隔で企画することで、診療車がきれになります。人の目が入ると「かたずけないと、恰好が悪い」と思い
整理するのです。家庭訪問の時に母親が普段しない家の掃除をするのと同じです。特に男はプライドが傷
つくのを嫌いますので、効果があります。
では、診療車のチェックはどのように企画すればいいでしょうか。まず、診療所長の決断です。ベテラン
はそんなことしなくても仕事に支障はないし、自分の診療車が散らかっていれば、あえてそんな面倒なこ
とはしたくありませんし、散らかった自分の診療車を部下に見せたくありません。それでも、「診療所のメ
ンバーの仕事の質と精度を上げるためには、どうしても必要だ」という意志があれば可能です。部下がや
ろうとしても、診療所長から「そんな面倒なことは、どうでもいい!」と言われると、できるはずがあり
ません。
次に企画です。各自がチェックシートを持ち、各診療車をチェックします。それぞれの項目を5点満点で
採点します。このときのチェック項目の例が以下です。
注射薬の整理。経口薬の整理。補液剤の整理。注射器や補液管などの整理。廃棄物の管理(分別、場所、
操作性)。繁殖障害、食欲不振などを診断する時の用具の操作性(取り出しやすさ、手数の少なさ)。治療
用薬を準備するときの操作性。バックドアとサイドドアの作業動線。長靴の清潔度。感染予防の準備。車
内の掃除と清潔度。診療車の洗車など。
みんなでチェックシートを持ち、各自の診療車を見て回ります。診療所長は成績の発表しトップ賞に、ご
褒美を出してもいいかもしれません。他の会社ではやられている手法ですが、合計点数が高いトップ賞は
毎回固定されるなら、前回と比較して点数が高く上がった躍進賞やワンポイントで使いやすいアイデア考
えたワンポイント賞など、遊び心を持ってやるのもいいかもしれません。診療所の獣医師の治療の質と精
度を上げるために、診療車の整理整頓は、診療所長の取るべき行動の一つです。

これは往診先の農場の整理整頓を促す行動にも使えます。例えば、農場をきれいにするために、それに賛
同する近隣の農場グループを作り月に1回みんなで巡回することです。人が見に来るとなれば、やらなけ
ればという動機付けになるし、やった後「きれいになったね」とか「すごい」とか言われると嬉しくなり
ます。誰でも、褒められるとうれしいもので、褒めてくれる人を身近に持つことができれば意欲につなが
ります。ところがそんな褒めてくれる人なんか日常生活では少ないのが現状です。褒めてもらわなくても
いいから、見ていてくれる人を作ることです。
グ ループつくりもそうだし、「人に公言する」ことでもいいです。周りの人(友達や家族、職場の人など)
に「自分は○○をする」と公言すると、行った手前上、実行しなければいけなくなります。できなかった
ら「あいつは口ばかりだ!」とか「言ったのにしないのだ」とかと思われたくないので、実行する確率が
上がります。
以前、NDK(農場どないすんねん研究会)のメーリングリストの中で公募し「目標実行委員会」というグ
ループを作り原田式目標達成方法を実行したことがあります。原田式目標達成方法の用紙に、すごく細か
く書き込んで、毎日決めたことをコツコツと続けるという手法なのですが、1人ではとってもできること
ではありません。グループを作りみんなで共有して、ほかの人の用紙も見ることで、モチベーションを高
め実行していくやり方です。やらなければと思っていることでも面倒で難しいことは、なかなか実行し続
けることができませんが、仕組みを作ることで、可能性が高くなります。

「ご褒美とペナルティー」は何でしょうか?
自分で決めたスモールゴールを、1週間続けることができた、とか1か月できたとかしたら、小さなご褒
美を自分で決めます。すきなDVDを見るとか、外食に行くとかのご褒美を決めます。また、できなかっ
た時はペナルティーとして、500円貯金をするとかを決めることでより動機づけができます。
診療所長は、ご褒美とペナルティーで何ができるでしょうか?診療車の整理で先に例にしたワンポイント
賞やアイデア賞などの診療車の整理だけでなく研究や学会発表、農家への貢献など診療所のいろんな仕事
の分野で設定することができます。どうせなら遊び心で、面白い賞が欲しいものです。ペナルティーは、
ごく軽いものでもいいでしょう。ミーティングの時のお茶菓子を提供するとか、普段はみんなでやってい
る薬室の掃除をするとか、考えてください。このように「ご褒美とペナルティー」という行動をすること
が決めたことを実行するのに役立ちます。

以上の3つが実行するための「スモールゴール」「ご褒美とペナルティー」「サポーター」です。




情報の処理のための行動。

行動科学では、知識と技術に分けて考えます。知識を深めるために、教科書やセミナーや専門書などの情
報を使いやすい形、つまり後から検索しやすく、要点がわかりやすい形でデータベース化する必要があり
ます。これは個人ですることは、もちろん必要ですが、診療所として情報をまとめ、みんなで共有する仕
組みを作ることは診療所長の役割です。
ビジネスの分野でよくやられている手法として、例えば1つの話題をA4用紙1枚にまとめ重要なことは
赤や青の色分けをして見やすくする方法です。
下の図は、子牛の侵襲時の補液についてA4用紙にまとめたものです。

下の図は、ケトーシスの補液についてまとめたものです。

新しい情報がでたら内容を更新することになります。診療所のみんなで数十から数百枚のA4にまとめた
知識を増やすことで、知識の整理と均一化を可能にします。
これにキーワードを入れたファイル名をつけてPdf形式で保存すれば、あとで検索することができます。
診療所の獣医師の治療の質と精度を上げるために、情報の整理と共有は診療所長の取るべき行動の一つで
す。

自分自身のデータベースを作る。
文献や情報誌を自分のデータベースとして使うためには、保存するファイル名を後で検索し易いように付
ける必要があります。ネットで調べた情報は、「ファイル保存」「名前を付けて保存」で保存します。ネッ
トで調べられる情報は、保存する必要はないかもしれませんが、いろいろ検索しているとネットのどこで
見たか、いつ頃見たかなど忘れてしまいます。
パソコンソフトは、私は桐でしていますがエクセルやアクセスやファイルメーカーでもいいと思います。
項目は内容と出展です。セミナーや他の獣医師や農家、製薬会社の人などに聞いて、あるいはパンフレッ
トやネットなどで得た情報で重要だと思うことは何でも1つの情報を1つのデータで書き加えることです。
後で文字を検索するとその内容が出来てきます。
また、家畜診療や臨床獣医などの文献の情報は、今はネット上で検索できます。ネットで検索できなかっ
た頃から、数名の獣医師のグループでお金を出し合って、文献の取り込み(スキャナーで読み込んで、フ
ァイル名を付けて保存する)を外注してやっています。過去20年ほどで文献数は10000ほどになってい
ます。
文献や個人で作ったデータベース、個人で撮影した動画やネットでみつけた動画やサイト、セミナーの録
音などの情報を、診療所のみんなで作り共有する仕組みを作るのは、診療所長の役割です。



三輪車理論

「獣医師の能力」とは、何でしょう? 手術や治療を正確に実行する技術、正確な作業、獣医学の知識、
牛の飼養管理の知識、異常を発見する力、観察力、毎日仕事できる体力と忍耐力、仕事に対する向上心。
農家や同僚とのコミュニケーション能力。農家に対する強い責任感。農家をもうけさせる情報と技術と知
識。
一方、「診療所長の能力」とは、診療所の未来像を立てて、部下に示していける力。部下の獣医師の能力や
意欲を伸ばし、100%発揮させる力。農家や外部の獣医師のクレームに対応する力。診療所が利益を上げる
ようにする力。経営するためのお金を工面する力。NOSAIの診療所長の場合は、家畜共済の事務や農業災
害保障法などの法規の理解と運用。
こう考えてみると、「優秀な獣医師」は必ずしも「優秀な診療所長」ではありません。いわゆる、「名選手
がイコール名監督ではない」というやつです。診療所を運営するには、全く違った能力が必要になります。
ところが多くの診療所では、ほぼ年功序列で、優秀な獣医師が診療所長として選ばれます。昨日まで手術
だ、検査だと忙しく働いていた人が診療所長になっても、今まで部下の獣医師の能力や意欲を伸ばし、100%
発揮させることなど考えたことがありません。それを考えるヒントが三輪車理論です。


どんな組織つまり獣医師の診療所でも、会社でもレストランでも工場でも、「人間」と「技術」と「仕組み」
の問題があります。
うまくいってないところは、この中の一つか二つかあるいは三つともかがうまくいっていません。ちょう
ど三輪車のようなものです。3つの車輪が同じ大きさでないとうまく進みません。一つだけの車輪が大き
くても、一箇所をグルグル回わって前に進みません。また、一つの車輪がなかったら、まったく動きませ
ん。一般に獣医師の情報としてセミナーや情報雑誌で目にするのは、「技術」です。ほとんどこの「技術」
しか話題にされていません。
外科手術、繁殖技術、エコーなどの画像診断技術、飼養管理技術、防疫技術、内科学、診断と治療、スト
レス管理などかなり高度で細かいセミナーもよく開かれ、あるいは情報誌で紹介されます。
ところが実際の診療所や会社などの組織では「技術」の問題より、「人」と「仕組み」がうまくできてない
ために、問題が出ています。毎日忙しく働いているのに、効率が悪く成果がでなかったり、診療所のメン
バーのやる気がなかったり、連携ができてなく牛が死亡したり、人間関係に気を使い仕事が嫌になったり、
毎年、同じ失敗をしたり、診療所のひとりのメンバー勉強してきた技術が他の人に伝わらず使えなかった
り、獣医師が変わり初めから教育しなければいけなかったり、診療所のメンバーの提案や不満を出す場が
なく、メンバーの意欲がなくなったり、獣医師によって知識も技術もバラバラで農家に行っても言うこと
が違ったり、農家のクレームに対して対応が人によって違っていたりなどの、いろんな要因で、診療所が
うまく機能していません。

診療所で働く一人一人が、意欲的に勉強して、進んで問題を解決していくメンバーがいて連携が取れてい
る診療所と、個人個人の技術も知識も意欲もバラバラで連携の取れていない獣医の集まりの診療所では、
その成績に大きな差があります。職場内が明るく楽しい診療所と、暗くて嫌々ながら仕事をしている診療
所では、やはりその成績に大きな差があります。新人が就職しても、技術や知識や意欲がバラバラな診療
所で育った獣医師と、まとまりのいい診療所で育った獣医師は大きな違いが出ています。いい診療所を作
りたいと思っても、その仕組みが出来ていなければ、いい診療所になりません。
ミスをなくす仕組みをどうするのか、診療所のメンバーが勉強する仕組みをどうするのか、診療所の作業
予定をみんなで共有するにはどうするのか、診療所の問題をみんなで共有して解決するには、どうするの
か、楽しくて明るい診療所をつくるにはどうするのか、メンバーのやる気を持ち上げるにはどうするのか、
効果的なミーティングをするにはどうするのか、診療所のメンバーが入れ替わってもうまく動かすにはど
うするのかなど、これらを解決する仕組みを作らないと診療所の成績を安定してよくするのは難しいのが
現状です。そこで、今回はこれらの「人」と「仕組み」の各事項についてどこに目を付ければ解決してい
くのかを考えてみましょう。

三輪車理論―人間―「 意欲を高める」
「人」の部分の「意欲」を考えてみましょう。診療所長は部下の働く、あるいは勉強する意欲を高めなく
てはいけません。
モチベーションを高める3つの要素があると言われています。「報酬」と「技術、知識の向上」それに「裁
量権」です。
「報酬」というのは、金額的な報酬もあるし、精神的な報酬もあります。治療して患畜がよくなると顧客
から感謝されます。この感謝も大きな報酬です。診療所内でお互いの信頼や感謝も精神的報酬になります。
まずは「笑顔と挨拶」から。すごく基本的な事ですが、どの会社でもコミュニケーションの基本は笑顔と
挨拶です。獣医師どうしでも農家に対しても自分から先に挨拶をするというのは、基本事項です。顔を合
わせた時、ブスッをしていると相手は「機嫌が悪いのかな。怒っているのかな」と思います。精神的報酬
は「認められること」です。感謝だけでなく、頑張ったなとか応援するよとか好きだよとかも含めて認め
られることです。人は皆「自己重要感」があります。自分が大切だと思う感情です。相手から自己重要感
を大事にされると嬉しくなります。
診療所長は精神的報酬を増やすためにする行動は、「精神的報酬」を診療所内で使う仕組みを作ることです。
「感謝しなさい」と言葉に言っても「スピード出すな」と一緒で、ほとんど効果がありません。具体的な
行動として、診療所内で何をするのかを規定しなくてはいけません。このときほかの会社でやられている
手法は参考になります。ある会社はサンクスカードを出しています。社員全員、前日にあったことに対し
てありがとうと書いたカードを相手の机の上に置かなければいけません。上司になればなるほど多くのカ
ードを出さなければいけません。ある会社では、朝礼の時に全員が他の社員がよかったことを発表してい
ます。このように仕組みを作ることが必要です。
例えば報酬のための行動のチェックリストとして
○毎日、相手に聞こえる声で挨拶をする
○部下の獣医師の1日の治療報告を毎日受ける
○部下の行動のいい部分を認めて、指摘する。
○サンクスカードを全員に書いてもらう
○全員での症例報告の時に、悪い行動だけを指摘するのでなく、いい行動を評価する。
などです。

「技術、知識の向上」これはどの仕事でも、自分自身の技術や知識が増えると嬉しくなります。もっと高
めようという気持ちになります。獣医師として今までできなかった手術ができるようになったり、技術や
知識が増え、それによって農家に貢献できることは、うれしいことです。
獣医師を5年もすると大体の治療はできるようになって、仕事をこなせるので、特に勉強しなくてもやっ
ていけます。ここで進歩が止まっている獣医師も多くいます。また、所長が「勉強をしよう」と声をかけ
てもネックになるのが、すでに5〜20年獣医をやっている人です。毎年課題を設定して発表するとか、勉
強会に参加するとか、そんな面倒なことはしなくてもやっていけるし、NOSAIでは給料が上がる訳ではな
いのでしたくありません。
では、技術と知識をいつまでも高めるようにするための診療所長がつくるべき仕組みは、どんなものでし
ょう。
診療所長は「技術、知識の向上」を促すためには、まず自らが技術、知識の向上を求めなくてはいけませ
ん。新人の時から、その仕組みを経験すれば、5年以上経っても継続してその姿勢を持ちやすくなります。
診療所長は、「技術、知識の向上」を促す行動はなにがあるでしょうか。たとえば、
○毎日の症例検討会を必ず15分以上はする。
○各自の興味のある話題を調べて、みんなの前で発表する。その会を1週間に1回はする。
○学会やセミナーには希望者が参加し、帰ってきたら特に使える情報をA4用紙1枚にまとめて内容を全
員の前で報告する。
○小さな症例調査やちょっとした治療成績のまとめなど、日々の診療を整理する課題を、全員に指示する。
○1年に1回は、小さなテーマでいいから課題を設定して、結果を報告する日時を決める。
○獣医師間の距離が離れて顔を合わせにくい場合は、ネットのスカイプかラインを利用することを指示す
る。
○知識を習得するために、エクセルやアクセス、桐、ファイルメーカーなどを利用した共通のデータベー
スを作る。セミナーの音声や動画のデータベースを作る。1週間に1回でも、1カ月に1回でもいいから、
各自が学んだ知識や情報を出し合える場を作る。これはアウトプット(学んだことを発言、発表する)す
ることで、知識の定着を図るため。
○技術を習得するために、行動科学的にベテラン獣医師の行動を分析し、やることをすべて理解する。次
に、イメージトレーニングをする。これは、農場に到着してから出るまでの自分の行動をすべてイメージ
する。準備から処置、アクシデントへの対応など頭の中でイメージして頭の中で実施する。ベテラン獣医
師の農場での手術などの行動を撮影した動画を10回以上繰り返し見る。
ロープの結び方、手術での縫合法、脊髄腔内注射、気管挿管などの処置を死亡した牛を使って10回以上練
習する。

「裁量権」は、自分で決めて自分で行動できることです。使いたい薬や新しい手法、器具機材があればそ
れを自分の裁量で使えることです。公務員では、「前例がない」とか「予算が通ってから」とかで、いい考
えを実行するのが難しい場合も多くあるかと思いますが、臨床獣医師はその点やりやすい場合が多いです。
この3つの要素は、獣医師はほかの職種に比べて手にしやすく、獣医師という仕事は、非常にすばらしい
ものだと思います。
診療所長は「報酬」と「技術、知識の向上」と「裁量権」を、自分の部下にいかにこの3つの要素を実行
できるのか、それをするためには、どんな行動をすればいいのかを考える必要があります。


三輪車理論―人間―「聞く」(話を聞き出す質問:診療所長の行動)
行動科学では知識と技術に分けて考えます。「相手の話を聞く」という話題での必要な知識は何でしょうか。
診療所長は質問することで、相手の話を聞きだしていく必要があります。いわゆる5W1Hの「いつ」「ど
こで」「だれが」「なにを」「なぜ」「どのように」です。
ここで、気をつけないといけないのが、「なぜ」の使い方です。
部下が診療をうまく出来なかったとき、「なぜ、できなかったのか」と聞けば、相手は責められているよう
に感じます。話すほうも、「なぜ、できなかったのか。あれだけ、やると言ったのに、どうゆうことだ!」
という相手を非難する気持ちが隠れています。
みなさんも、「なぜ」を使っている時の状況を思い出してください。けっこう、裏の意味が隠れているでし
ょう。「じゃあ、なんて言えばいいの?」「なぜ、できなかったのか」ではなくて「何が原因で、できなか
ったのか」です。「人を責めずに、原因を攻める」とよく言われます。

「なぜ、できなかったのか」では、自分の人格全体が非難されているように感じるので、言われた方は、
意気消沈するし、やる気もなくなります。
「なぜ、できなかったのか」と聞かれると聞かれた方は、「忙しくて、できなかった」とか「他の仕事が入
ってできなかった」とかの言い逃れをします。
今後どうするかも進展しません。「何が原因で、できなかったのか」と聞かれると、自分は責められてない
ように感じて、客観的に原因を見つめられます。
それで、何が問題かを、考えやすくなります。「じゃあ、その原因をなくすには、具体的にどんな方法があ
るのか?」などと、攻めていきます。
相手の答えをより具体的な言葉にほぐしていくといいです。
「どの部分がいいの」「良いとこと、悪いとこは」「自分でうまくできていると思うとこは」「自分でここは
変える必要があると思えるところは」など。
この時に行動科学で分析したことが役に立ちます。「どの部分とどの部分はうまくできているのに、○○の
部分に技術的な問題があった」とか「次回は○○の部分の××を△△してみよう」と具体的にどの部分か
指定して質問や提案ができると思います。
解決策が見つからないとき「どうしたらいいのだろう?何かいい方法を思いつかない?」と使えない質問
を繰り返し投げかけるのではなく、「答えを見つけ出すための質問」を作り出していく。というのが質問の
作法です。
質問する能力がいかに大切かについて、いくつもの本が出されています。会社の上司の部下への質問のよ
しあしで、部下の行動が良くもなったり悪くもなったりして、成果に大きな違いがでます。

「聞く」の「知識と行動」のうち、行動とは何でしょうか。行動科学では、診療所長は「聞き出す質問を
する」ではなく「具体的な言葉として文章を書きだしなさい」と言われます。
そしてその文章を例えば「毎回最低5種類は使う」と自分で決めて行動することです。下の例は、「質問チ
ェックリスト」として使えます。チェックリストを確認しながら行動するのは、診療のチェックリストと
同じです。
質問チェックリスト
1. 今一番気になっている事は、なんですか?
2. すべてが、うまくいった時のイメージはどんなものですか?
3. そのどの部分が、問題なのですか?
4. いま、その部分は何点くらいつけられますか?
5. その点数を、何点まで引き上げたいですか?
6. その点数まで上がったとしたら、今と違ったどんな変化がありそうですか。
7. その点数まで引き上げるために、なにが必要ですか?
8. その問題を解決するためには、どんなことができますか?
9. お金や時間の制約がないとすれば、どんな解決策がありますか?
10. その解決策を実行するためには、何の準備がいりますか?
11. そのためには、まわりから、どんなサポートがあればいいですか?
12. いつそれをしますか。いつまでにそれをしますか。
13. うまくできないときは、どうすればいいと思いますか?
14. 自分自身で考える時間を持つには、どうすればいいと思いますか?
15. ほんとに、その計画をやろうという意思はありますか?

たとえば、1回目のミーティングでこんな質問をして、行動計画が立ったとします。そして、非常によく
あることですが、あまりうまくいかなかった時、どんな質問があるでしょうか。
たとえば、
1. それができなかった原因は、何ですか?
2. その原因を、除けるには何をすればいいですか?
3. ほかにも、原因はありませんか?
4. 気持ち(やる気)の部分で、問題はありませんか?
5. もっと、先にやりたいことがありませんか?
6. 原因を除けるために役に立つ手段やほかの人のサポートはありませんか?
7. 予算や人手の部分では問題はありませんか?
8. 次回にやり方を変えるとすれば、どこから手を付けますか?
9. その計画を、いつまでにしますか?

具体的に行動として何をするのかを、一緒に確認します。もし、手術の不具合なら、手術の行動の分析を
したチェックリストから、どの部分ができて、どの部分ができなかったのか。できたけれど精度が低かっ
たのか、知識の不足か、技術の不足か、知識も技術もあるけれど、やる気がなかったのかが、うまくいか
なかった時に、大事になります。
私自身もかつて小さなNOSAIの診療所長の経験がありますが、ほとんどの診療所長は診療の経験値は高
くても、部下の指導や診療所のマネジメントを勉強した人は少なく、部下がうまく行かないとき「それだ
から、お前はダメなんだ!見て覚えろ!技術は盗め!」とか「今度は失敗するなよ!」とか言ってしまい、
職人的な集団になってしまっている診療所は多くあります。

三輪車理論―仕組み―整理整頓
「仕組み」の中の「整理整頓」について考えてみましょう。
日本電産の永守重信社長は、赤字のつぶれかかった電気会社を買収して、1〜2年で黒字にする人です。
すでに、20数社を立て直しているそうです。永守重信著 「人を動かす人になれ」 があります。参考
になる部分を診療所に置き換えて、考えて見ましょう。
「不良品が出る理由はいろいろとあるが、行く付くところは 6S つまり、整理、整頓、清掃、清潔、
しつけ、作法の不徹底が原因で起こっている。」
診療所では治療の不備が出る理由は、いろいろあるが、つまるところ6Sの不徹底だということです。作
業の質が悪かったり、作業手順の不徹底、不正確、不衛生、治療記録不備。これらは、6Sに直結します。
「汚れたからきれいにする。つまり、不良品がでたら直せばいいという気持ちから最初から汚さないよう
にする。すなわち、お互いに注意して不良品を出さないように気をつける。こうした風土をつくっていか
なければ、いつまでたっても不良品は減らないし、なくなりもしない。」
これは診療所の業務にも符号することで、牛の変化が見える意識をどう作るか。それが、整理整頓なので
す。
永守社長の工場では、社員は全員必ず1年間は便所の掃除をします。それも素手でします。便器をきれい
に磨き上げることを毎日すると、汚い使い方をする人がいると腹立たしくなります。そして、きれいにす
るのは大変なので、なるべく汚れないように使うようになります。それが工場内のみんながその行動に出
ると、便器が汚れることがありません。この習慣が身に付くと、トイレだけでなく、工場や事務所を汚し
たり、散らかしたりする者もいなくなります。これこそが 「品質管理の原点」だと永守社長は言います。
人間は意識で物を見ると言われています。同じものを見ても、必ず同じに見えているかどうかは、わかり
ません。
同じ牛を見ても、肥り方、毛ツヤ、元気さ、汚れ具合、腹の張り、蹄の状態など、これらが危険な状態に
なりつつあるのか、問題が出る可能性があるのか、すぐに対応が必要かなど、人によって意識によってど
う見えるのか違ってきます。また、牛舎環境をみても、暑さ寒さ、空気のきれいさ、寝床の状態、えさ箱
の衛生状態、水の状態なども同じように、これから危険なことが起こる可能性があるかどうかは、意識に
よって見えるかどうかが違ってきます。

獣医師の意識を変えるために役に立つ手法として他の会社でもやられているトイレ掃除も効果があります。
今までトイレで用を足した後、妻からは「汚さないでよね!汚したら自分で掃除してよね!」と言われて
も自分は汚していないと思っていました。永守社長の言う 「整理整頓ができて、初めて基本的な作業に
取り掛かれる」となんども、聞いたり読んだりしていたのですが、始めのうちは、やはり 「ほんとかい
な?そんなことで成績がよくなれば苦労はせんよな!」と思っていました。でも、雑誌に連載したり、本
に書いたりした手前上「こりゃ、自分もしなけりゃ、ちょっとまずかな」と思いトイレ掃除をやってみま
した。
トイレで用を足した後、便器やパイプまで素手でピカピカに磨きます。これを繰り返していると、シッコ
の滴が便器に飛んでいたのが見えなかったのが見えるようになるのです。また、汚さないように使うよう
になるのです。「人は意識で物を見る」と言われますが、意識が変わって見えるようになったのです。それ
から私の部屋や事務所を気をつけて片付けるようにしました。
それでどうなったかと言うと。掃除をすることで、毎日の小さな変化に気付くようになりました。すこし
でもゴミが落ちていると、わかるようになりました。わかるようになると、「ゴミが落ちているから拾おう!」
という気持ちになり行動になりました。事務所が片付くと、駐車場も落ち葉が入ってくると掃除するよう
になりました。駐車場が片付いてくると、診療車も気になって、医療廃棄物の分別や薬の補充など整理さ
れてきました。それから、毎日やることのスケジュールや作業の優先順位などが整理されるようになって
きています。

やはり、永守社長のいうように「毎日の小さな変化に気付くということが観察力の向上につながり、仕事
のいろんな分野での変化を敏感に感じ取れるようになります。感性が豊かになります。」です。獣医師の行
動にも直結する意識だと思います。

トイレ掃除以外にも診療車の整理整頓も効果があります。
まず、整理整頓。診療車に積んでいる物を全部おろして見てみると、ほとんど使わない物や、何本も積ん
でいる物も多くあります。積まなくてもいい物は診療車から降ろします。必要な薬や器具を頻繁に使うも
のは一番取り出しやすい位置に置き、年に数回しか使わない物は床下やシート下に収納します。診療中に
農家に診療車から物を持ってきてもらう場合でも、どこに何があるのか指示し探せるくらいの整理をする
必要があります。診療車に積む道具の整理、引き出しの配置、引き出しの中の配置を作業動線を考え、ど
うすれば手数が少なく効率的に配置できるのか、ゴミの処理、雨降りの時の動線、緊急事態への対応など
を考え配置することです。使いやすい配置を考えると日々変化してもおかしくありません。
使用済の薬瓶や点滴管が散らかっていたり、ほこりがついていたりすることを徹底的にチェックすること
です。診療車の整理の項でも述べましたが、みんなでチェックし合うことも、有効な手段です。最近の診
療所では、交通事故予防の観点からも診療車の整備点検のチェックが毎月やられているところもあります。
そのチェック時に診療車の中のチェックも同時に行えばより効果的です。
どうすれば使いやすい診療車になるのかを考えることは、どうすれば治療効果が上がるのか、どうすれば
獣医技術をうまく習得できるのか、どうすれば治療効果が上がるのかなどの意識と密接に関連します、そ
れが日々変化し改良していくのは診療車だけでなく、診療知識や技術も同じです。


新人獣医師の育成
多くの会社では秋になると、4月に入社した新人のできる、できないというレベルが明らかになってきま
す。すると、できない部下をもっている上司は「自分の教え方が悪いのではないか」と悩んだり、あるい
は「今度入った新人は出来が悪い」と一方的に部下の責任にしてしまいがちです。獣医師の診療所でも同
じことが起こっていますが、根本的な原因は育成の仕組みが確立していないことにあります。数十年も前
から、新人獣医師は初めに先輩に同伴し、その後は経験を増やすことで技術を身に付けてきたからです。
具体的に何を教えればいいのかという教科書もありませんし、いつまでに何を教えるのかというスケジュ
ールもない診療所が多いのです。何を差し置いても、まずはこういった育成の仕組みづくりから始めてく
ださい。
仕組みが確立できたら、行動の分析です。できる人とできない人の何が違うのか、ピンポイント行動は何
か、行動を抽出して、計測していくのです。これは手間のかかる大変な作業ですが、データが蓄積してい
くことで、いずれ診療所の大きな財産になると思います。


獣医師育成の項目とスケジュールの例




診療所長のチェックリスト


「仕組み」の問題として、たとえば
「メンバーが一人休んでもその仕組みがうまく動くようになっているか。」「会議の進行(ファシリテ−シ
ョン)は、うまくできているのか」「診療所長の将来への展望をメンバーにうまく伝達できているのか。」
「診療所内の情報(お金の流れも含めて)をメンバー全員が知れるようになっているか」「診療所内のメン
バーの意欲を高めるためになることをしているか」「ミーティング、コンファレンスなどが定期的に、有効
に確実に行われているか」「各獣医師の提案、意見、不満を聞く場を作っているか」「診療車や診療所は整
理整頓されているか」「各獣医師が知識と技術を高められる仕組みを作っているか」などです。