産褥期の牛の繁殖効率 (乳牛と肉牛の分娩後の繁殖向上対策)

Reproductive efficiency in postpartum cows
J.F. Roche1 and M.G. Diskin2
1Department of Animal Husbanry and Production,
Faculty of Veterinary Medicine
University College Dublin, Dublin, Ireland
2Teagasc, Athenry, Co. Galway, Ireland

まえがき

乳牛や肉牛の生産農家において、繁殖効率の低下は, 生産コストの増加となり、乳量の減少や受胎までの授精回数、廃用牛の増加につながる.
牛の繁殖にかかわる問題は, 個々の牛と, 群全体の問題に分けられる.
前者では, 胎盤停滞や子宮感染, 卵巣嚢腫, リピートブリーダー症候群があり,
後者としては牛群全体の無発情牛の増加, 発情発見率の低下, 全体的な受胎率の低下があげられる.

繁殖牛群の管理で目標とされる点は,
@1年1産で健康な産子を得ること,
A子牛の遺伝的能力を向上させること,
B305日の泌乳期間を守ること,
C更新率を低く抑えること(<20%)である.

高い繁殖効率を維持するためには, 分娩後6週以内に子宮が正常に修復し, 発情徴候の発現と排卵が回復し, 確実な発情発見と人工授精後の高い受胎率が必要となる. 人工授精により高い繁殖効率を達成するためには, 二つの基本的な要因が必要である.

それは,
1)1年のうち, 特定の時期に限って交配する季節繁殖の開始後3週間以内に, 発情周期をもつ全ての牛に対し人工授精を行うこと(授精実施率),
2)正常な卵子の排卵前12〜18時間に高品質の精液を子宮内に注入し, 高い受胎率を得ること、である.
本論文の目的は, 牛の繁殖に関する最近の情報を整理し, 従来行われてきた, また, 最新の治療法の科学的合理性を検討するものである.
GnRH分泌のコントロール 性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)は, 下垂体前葉からのLH やFSHの合成や分泌をコントロールし, 繁殖機能を制御するキーとなるホルモンである. GnRHは、下垂体前葉のゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)分泌細胞の特殊なリセプターに結合するが, このGnRHの効果は一時的で, もしGnRHが持続的に存在すれば下垂体の感受性がなくなる(GnRHリセプターのダウンレギュレーション).

GnRHの分泌パターンは, GnRHニューロンに作用する複雑な神経ネットワークにより制御されている. このネットワークに作用する主な要因には, 哺乳や栄養などの外因性のものや, プロジェステロンやエストラジオール濃度などの内因性のものがある.
GnRHの分泌パターンは、逐次LH分泌の特定な律動的パターンを左右するが, FSHは一旦合成されると, そのまま体循環に分泌され, GnRH分泌による制御は部分的である.
FSH合成は, また, 下垂体前葉内でアクチビン結合蛋白であるフォリスタチンとともにアクチビンーインヒビン軸により局所的に制御される.
このように, LHとFSHは別々に制御され, それらの血中濃度は発情周期と分娩後の産褥期に変化しているが, いずれも単一の放出ホルモンの影響下で同じ細胞から産生されている. 発情周期の制御 牛の発情周期の長さは, 黄体からのプロジェステロン分泌により制御されている.
黄体は優性卵胞(dominant follicle:DF)の排卵後, 破裂した卵胞の顆粒層細胞と卵胞膜細胞の黄体化により形成される. プロジェステロン濃度は, 牛では排卵後徐々に増加し, 黄体初期に持続的に増加する(発情周期の1〜5日;発情日=0日). そして, 発情周期の8〜11日に最高濃度となる(図1).

図−1

図1.牛の発情周期における血中ホルモン濃度 頻回のFSHの増加はシャドウ部で, 異なる発情周期における代表的なLHパルス頻度は上部にならびに実線はプロジェステロンに分けて示した.


プロジェステロンによるLH分泌に対するネガティブフィードバックには, GnRHの神経機能を調節する抑制神経経路の刺激により, 視床下部からのGnRH分泌の抑制が介在している(9).
非妊娠牛では発情周期の16〜18日に, オキシトシンにより誘起されたプロスタグランジンF2α(PGF2α)の子宮内膜からの分泌により黄体が退行し, プロジェステロン濃度は24時間以内に0.5ng/ml以下となる.
そして, 牛は発情期となり, LHのパルス頻度や血中濃度が増加する(31).
黄体退行と同じ時期に存在し, 選択された優性卵胞は, 顆粒層細胞のLHリセプターの数を増加させ, エストラジオール濃度の増加を刺激し, 発情前期となる.
エストラジオール濃度の増加は, GnRHパルス頻度の増加を刺激し, GnRH放出の延長したサージとなり(25), 排卵前のゴナドトロピンサージと排卵が起こる.
発情周期の2〜8日におけるプロジェステロン濃度の増加は, その後のインターフェロンτ(タウ)の産生と妊娠牛の胚のサイズに影響する(21).
黄体期では, LH濃度は基底値にあるのに対し, FSH濃度は発情周期を通して7〜10日毎に増加と減少を繰り返し、新しい卵胞発育の波の出現と関連している(1, 44).
それゆえ, 牛の発情周期のプロジェステロンは主にLHパルス頻度を調節し, 一方, エストラジオールとアクチビンーインヒビンのバランスはFSHの分泌を調節する.


卵胞波(follicular wave)の発現と制御

牛の発情周期では, 2〜3回の周期性のFSHの増加がみられ, それに伴い連続した卵胞発育の波(卵胞波)の出現がみられる(13, 40, 41).
卵胞波では, 中型(直径4〜6mm)でエストロジェン活性のある卵胞が2〜5個出現し, そのうち1個の卵胞が選択され(発情周期の2〜3日), 持続して発育し, 発情周期の4〜5日に優性卵胞となる.
優性卵胞が活性を持つ時期には, それ以外の卵胞は閉鎖退行し(図2), FSH濃度は低値となっている(1, 16, 44).


図−2

図2.牛の発情周期の初回卵胞波におけるFSHとLH依存性の時期

同時期に, 優性卵胞は発育を続け, 卵胞液中のインスリン様成長因子(IGF-1)濃度が増加するとともに, IGF-1結合蛋白-2と-4濃度は低下し, 顆粒層細胞のLHリセプターは増加して, エストラジオール分泌を増加させる.
そして, LH依存性になり, 最終的にはLHパルス頻度により閉鎖するか排卵に至る(図2).

黄体期では, 3〜4時間毎のLHパルス頻度で, 優性卵胞は優性(dominance)を失い, FSHとLHリセプターおよびエストロジェン産生能力は消失する(16).
個々の卵胞には, 局所的なフィードバックのループがあり, それはインヒビンやアクチビン, IGF-1やそれぞれの結合蛋白の連続した変化を含み, 同様に全身性のゴナドトロピンや成長ホルモン環境で発達する卵胞の選択および非選択の最終的な運命が決定される(34).
インヒビン前躯体の分化過程は, 牛の優性卵胞の発育や閉鎖の際に起こる. そこでは総αインヒビン免疫活性の増加と, 発情周期の3〜6日に持続的に増加した優性卵胞の大型で単一の形態レベルの継続がみられる(45).
優性卵胞のエストロジェン活性の喪失は, 総ダイマーインヒビン(二量体インヒビン)と34kDaのダイマー体の増加と関連し, 大型分子量体の減少となる(45).
産褥期の卵巣機能の回復 分娩前に血中エストロジェン濃度が非常に高くなり, 同時期に高いプロジェステロン濃度とともにLHやFSH濃度を抑制している. その結果, 分娩前には卵胞波は一般に抑制されている(14).
分娩後1〜2週間以内に, FSH濃度の増加が2〜3日あり, 分娩後最初の卵胞波の出現と優性卵胞の選択が起こる(図3). 分娩後, 初めて発現した優性卵胞には3つの異なる運命がある.
それは
@排卵して黄体を形成する,
A閉鎖して2回目の卵胞波が2〜3日後に出現する,
B卵胞嚢腫となり(排卵が遅れ), 分娩後2回目の卵胞波の出現を種々の期間, 抑制するものである.
分娩後の初回優性卵胞の出現時期は, 乳牛で10〜12日である(17, 38). 授乳している肉牛では分娩後の無発情期間は乳牛より長く, 新しい卵胞波は分娩後2週間で出現し, また, 初回優性卵胞の形成は2〜3日遅れる(27, 42). しかし, 授乳している肉牛では, 分娩後の初回優性卵胞の排卵率は低く(11%), 分娩後の長期間無発情の原因は, 優性卵胞の発育の遅延よりも, その排卵障害にある(表1).

................表−1...乳牛や授乳している肉牛の産褥期の繁殖のパラメーター
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(分娩後日数) ...................................乳牛 .........肉牛
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初回卵胞波の出現までの日数 .....10−20.....10−20
初回優性卵胞の排卵率(%)..... .78−80.....20−35
初回発情までの日数...........25−45.....30−130
初回排卵後の短周期の割合(%)....>70........>70
LHパルス頻度の制御.... .....NEBの下降......NEBの下降
......................分娩時のBCS....分娩時のBC
......................乾物摂取量......授乳
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乳牛では, 初回優性卵胞はLHパルスが3.5〜4.5回/6時間で排卵するが, 1.7〜2.2回/6時間では閉鎖する(3).
分娩後初回排卵までの日数は, 1〜10段階のボディコンディションスコア(BCS)において, 分娩後のスコアの損失が0.5以下, 0.5 〜1.0, 1.0以上ではそれぞれ29, 36, 50日となる(3).
乳牛や肉牛では血中IGF-1濃度は初回優性卵胞の排卵と関係する(3, 43).
そのため, GH(成長ホルモン)やインスリンなどの代謝性の要因は重要である.

分娩後, 初回排卵までの日数を決定する要因として,
@分娩後のエネルギーバランスの低下,
A分娩時の低いBCS,
B授乳,
C母子の絆がある.
分娩後の乳牛のLHパルス頻度は, エネルギーバランス(EB)がいったん最低値に達した後に増加を開始し, この増加は最終的に初回排卵をもたらす(8).
乳牛や肉牛では, ネガティブエネルギーバランス(NEB)の最低値までの日数とBCSの低下の程度が分娩後初回排卵までの日数を決定するが, さらに肉牛では授乳頻度と母子の絆が影響する(42, 47).
無発情期間においては, FSHの繰り返しの増加が7ー10日毎にみられ, 各々が新しい卵胞波の出現と関連し, 初回排卵前にはLHのパルス頻度と濃度が増加する.

さらに, 授乳している肉牛で1日当たりの授乳回数を制限したり, 子牛を完全に離すと急激にLHパルス頻度は増加する(図5, 43).

図−5

図5.肉牛の分娩後の経過日数に伴う 初回排卵の累積パーセン


産褥期の牛の繁殖問題

卵巣機能異常の発生頻度について,

二つの乳量レベルの牛群を12年間の間隔をおいて, 毎週2回の乳汁中プロジェステロン濃度や直腸検査により比較調査した(表2). 20年前の主要な品種であるフリージアン種に比べ, 近年の高泌乳牛のホルスタイン種は繁殖効率が低くなる傾向にあった(7). EBの低下は, 産褥期におけるLHパルスを抑制する主要な要因で(3, 8), 分娩後初回排卵までの期間を決めるのに重要である. また, 乾乳期には過剰給与せず, 分娩時に良好なBCSに持っていくことは重要で, 過剰給与は分娩後の食欲減退となり, その結果, EBの重度の低下が長期間にわたる(18). 卵胞嚢腫の発生 産褥期の卵胞嚢腫は, 優性卵胞が排卵や閉鎖しなかった場合に発生する(39). 卵胞嚢腫発生の内分泌的な原因は, LHパルス頻度の増加であり, これは排卵を起こすには不十分であるが, 優性卵胞が持続的に発育し, 高いエストロジェン産生をもたらすには十分な量である. プロジェステロン濃度は低く(<0.5 ng/ml), 逆にエストロジェン濃度は高く, 発情前期の2〜10倍である(15-100pg/ml)(10). 卵胞嚢腫では, 分娩後初回排卵までの期間が延長することにより, 繁殖効率が低下する(28). 卵胞嚢腫の治療法には二つの方法がある. 1)LH, hCGあるいはGnRHアナログにより誘起されたLH分泌によりエストラジオール産生を抑制し, 嚢腫卵胞壁の黄体化を図る. 2)ステロイドのネガティブフィードバックによりLHやFSHの供給を抑制し, 嚢腫卵胞を閉鎖退縮する. たとえば, プロジェステロン腟内挿入剤を9〜10日間挿入し, エストラジオールをプロジェステロン製剤の挿入時に注射する.

表2
 中泌乳のフリージアン種と高泌乳のホルスタイン種において, 2回/週の乳汁中プロジェステロン濃度や直腸検査により診断した卵巣機能異常の発生頻度
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産褥期の卵巣活動パラメーター ....伝統的な中泌乳フリージアン種 .....近年の高泌乳ホルスタイン種
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1.プロジェステロン測定による診断
  調査した発情周期数.................448................ 463
  正常発情周期数(%)................. 78................ 53*
  初回排卵までの期間の延長(%)........... 7................ 21*
  一時的な排卵遅延(%)............... . 3.................. 3
  黄体期の延長(%)................... 3.................. 20*
  短周期の発生(%)................... 4.................. 0.5
  他の異常な周期(%)............... . . 4.................. 2.5

2.直腸検査による診断
  子宮の異常(%) ....................9.5 ..................10
  卵巣嚢腫(%)..................... 1.5 ...................2 *
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 卵巣活動の各パラメーターにおいて、フリージアン種とホルスタイン種の間に統計学的有意差あり


無発情牛への発情誘起

牛の無発情無排卵は, 優性卵胞の形成がみられないことよりはむしろ, 発育した優性卵胞が排卵しないために起こる(27, 42).
無排卵牛に対し排卵を起こさせる実用的なホルモン処置として,
1)LH, hCG投与あるいはGnRH投与によりLH分泌を起こす.
2)プロジェスターゲン処置と処置の開始時にエストラジオール投与を行う.

1)hCGやGnRHの利用:
hCGの役割は, 卵胞内でLHリセプターと結び付き, 直接的にLHの黄体化効果を代用することである. GnRHは直接下垂体前葉に働き, LHやFSHの一過性(2〜3時間)の分泌を起こすが, 優性卵胞が選択される前ではGnRHを投与しても排卵は誘起できない(36).
分娩後のある特定な時期におけるGnRHの無作為な利用法については, 結論的な結果を得ていない(46).
卵胞波の交代時期に視点を置くと, そのような無作為な利用法は疑問である.
Risco ら(32)は乳牛の発情周期を回帰させるために, GnRH(発情周期の14日と15日)とPGF2α(分娩後21日, 34日, 57日)の連続投与を 行っている.
この処置により初回排卵までの日数が短縮し, 直腸検査で嚢腫卵胞が触診される機会が少なくなるが, 処置群と対照群での繁殖効率には差がなく, これは主に牛群での発情発見率の低下による(42%).

2)プロジェステロンの利用

分娩後の無発情期間中に, 排卵を伴う発情を誘起する方法としては,
1)短い発情周期(15)と初回排卵時の無発情を避けるためにプロジェステロンで前処置する(26),
2)プロジェステロン処置終了後に存在する優性卵胞からのエストロジェン産生を増加させ, 排卵前のゴナドトロピンのサージを起こすことがあげられる.
LHパルス頻度が抑制されているような場合として,
例えば,
@高泌乳牛でのNEB,
A授乳している肉牛でBCSが低い場合(<BCS,2.0),
B授乳している肉牛で分娩後50日以内がある.

プロジェステロン処置では, ゴナドトロピンの併用, 例えばウマ絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)投与が排卵前卵胞からのエストロジェン産生を増加するのに必要である. eCG投与時の卵胞波のステージは排卵数に影響し, 卵胞波の発現時に600IU投与すると, 多排卵となる(11).
最近, ニュージーランドで, 7日間のプロジェステロン処置後, 48時間以内に発情を示さない牛に安息香酸エストラジオール(ODB)1mgを注射する方法が開発された(19).
一般に, 肉牛では分娩時のBCSの状態により,
@2.0以下では無発情期間が延長する,
A2.5以上では分娩後30〜60日以内に発情が発現する.
この無発情期間は,
@1日1回の授乳で10〜15日間短縮できる,
A母子の絆を絶つことで10〜15日間短縮できる(図5).

牛の発情同期化 外因性の黄体退行物質投与の処置やプロジェステロン製剤の除去から発情までの期間は, 処置終了時の卵胞波のステージにより変動する.
選択された優性卵胞が存在する牛は, 処置終了後2〜3日以内に発情を示し, 処置終了時に優性卵胞が選択されていない牛では3〜7日間は発情を示さない.

ホルモン製剤を利用して, 発情の開始を正確に調整するには以下の3つの方法がある.
1)PGF2αの利用 発情周期の5日以後のPGF2αの注射により, 黄体は急速に退行する. しかし, この急速な黄体退行にもかかわらず, 発情の開始時期はばらつき, これは処置時の卵胞波のステージによる(図6、37).
発情開始時間を制御するためのPGF2αを利用法を, 表3に示した.


表3

 発情周期を繰り返している牛で発情開始時間をコントロールするためのPGF2αの応用法
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方法 供試動物 人工授精の時間
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1.
11日間隔の2回注射 ・発情周期を繰り返す  ・72 + 96時間  未経産牛 ・72時間と2-4日の発情観察 ・発情発見時

2.
1回注射後, 発情牛に授精する ・乳牛 ・発情発見時に授精  無発情牛は11-12日後に再注射 ・未経産牛 ・テイルペイントの利用

3.
黄体存在時に注射 ・乳牛 ・発情発見時に授精  (直腸検査, 超音波診断, ・未経産牛 ・発情開始時間はばらつく  プロジェステロン測定) ・肉牛  または発情日を確認して注射

4.
発情日を確認して注射 ・乳牛 ・発情発見時に授精 ・未経産牛 ・発情開始時間はばらつく ・肉牛
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2)卵胞波の同調とPGF2α

卵胞波のステージが制御されていない牛では, PGF2αの利用が制限されるため, それらの牛にGnRHやそのアナログを用いることによって(30), 新しい卵胞波を開始させ, 卵胞波の再プログラムを行うことができ.
PGF2α投与後の排卵時間をより集中化するためには, PGF2α投与後48〜56時間のGnRH投与があり, この結果, 優性卵胞が排卵し, 発情発見に頼らない定時人工授精が可能となる.

この処置法の問題点としては(4, 22), 処置牛のうち,
@何頭かは(<10%), PGF2α投与時に発情期にある,
A種々の割合で(〜17%まで), PGF2α投与時にプロジェステロン濃度の低い牛がいる,
B15%までの牛が, PGF2α投与後2日でもプロジェステロン濃度が高い,
C人工授精時に発情を示しているのは, 全体の79%の牛である,
D5〜10%の牛が無発情である, などがあげられる.

本処置後の, 定時人工授精での受胎率は対照群と同じ30%である(6). 本処置による反応の有無は, 投与牛の卵胞波の交代時期(ダイナミックス)に依存している.

3)プロジェステロン処置

発情を制御するためのプロジェステロン処置は, LHパルス頻度を抑制し, 血中プロジェステロン濃度が高い間は発情や排卵を抑制する. しかし, 長期間のプロジェステロン処置(12日以上)は, その後の発情開始時期がより集中化する反面, 受胎率は低下する(33).
近年の処置法は, プロジェステロンとともにエストロジェンやGnRHアナログを処置開始時に投与し, 卵胞波のステージを同調している.

(1)処置法
a) 腟内挿入型:プロジェステロンをシリコン器具に染み込ませたものを使う. 現在, 2つの製剤が商品化されている.  PRID - progesterone releasing intravaginal device (Sanofi Ltd, France)  CIDR - controlled internal drug release device (InterAg, New Zealand) 最初, 黄体期に類似した急速なプロジェステロン濃度の上昇が3〜5日間あり, その後徐々に減少し, 黄体期の半分程度の濃度(〜2ng/ml)を9〜12日間の処置期間中維持する(20).
b) 皮下移植型:ノルジェストメット(norgestomet; Crestar, Intervet Ltd, Netherlands)の小さいインプラントを耳根部皮下に移植する.

(2)処置期間
同期化された発情期の授精による正常な受胎率を維持するため, 処置期間は最大限12日を超えてはならない.
8日以上存続した優性卵胞は受精不能, あるいは老化した卵子を排卵し, このため発情の同期化は得られるものの, 受胎率が低下する(24).
プロジェステロン処置で同期化した牛でも, 存続期間が5日以下の優性卵胞は, 良好な受胎率を示している(2). 現在では, 処置期間を8〜10日に短縮する傾向にあるが, GnRHを利用する時でも最低7日間のプロジェステロン処置は必要である(35).

(3)黄体退行作用の製剤
a) エストラジオールの利用: 本剤の黄体退行作用は弱く, わずかに黄体の初期(発情周期の1〜4日)の投与で, 発情周期を短縮するのに有効である. エストラジオール10mgのカプセルは, PRIDやCIDRに利用され, 血中エストラジオール濃度を2〜3日間, 3〜4pg/mlの高値に維持する.エストラジオールは部分的で, 遅延型の黄体退行作用があり, 高い受胎率を維持しながら確実な発情を起こすためには, 処置期間を長くする必要がある.現在, プロジェステロン処置期間の最長は,
(1) プロジェステロンとエストラジオールカプセルの腟内挿入で12日間,
(2) ノルジェストメット耳根部挿入で10日間とされる.

b) PGF2αの利用:プロジェステロンやノルジェストメット処置終了時, あるいは1〜2日前にPGF2αを注射することにより, 処置の期間を7〜10日間に短縮できる(35). しかし, PGF2α投与まで, プロジェステロン処置を最低6〜7日間は行う必要があり, そのことにより卵巣に存在する全ての黄体はPGF2αに反応するようになる.

(4)卵胞波の同期化
すべての牛で, 処置終了時に活力のある卵子を有する優性卵胞を得るためには, 処置の最初に卵胞波の同期化を行うことが必要である.

a) エストラジオールとプロジェステロンの利用:処置開始時の高濃度のプロジェステロンとエストラジオールは, LHとFSHの分泌を各々抑制し(5), その結果LHやFSH濃度が減少し, 優性卵胞を選択前の卵胞群やゴナドトロピンの供給が必要な優性卵胞の発育を阻害する.
その結果, 進行中の卵胞波は退行し, 3〜5日後に新しい卵胞波が出現する.
ODB10mgの腟内挿入カプセルや1mgの筋肉内注射による血中エストラジオール濃度の比較, およびFSH抑制の効果について図8に示した.

b) GnRHの利用:十分量のGnRH(250μg)や強力なGnRHアゴニストであるブセレリン(Hoechst Ltd)の投与により急激なLHの分泌をもたらし, 存在する優性卵胞を排卵させる.
しかし, GnRHは優性卵胞が選択される以前の投与では卵胞波の発育に影響しない(36).
新たな排卵が起これば, これらのGnRHにより誘起された全ての黄体を退行させるため, その6〜7日後に確実にPGF2αを投与することができる(表4).
発情開始時間の集中化 排卵前の優性卵胞の存続期間は発情発現に影響し, 短期間では発情開始までの時間が延長し, 長期間では短くなる [2].
発情開始時間を揃えるための最近の試みは, 発情前の血中エストラジオール濃度を増加させるため, 処置終了後の特定の時間にエストラジオールを外因性に投与することである(23).
しかし, これらの処置により発情が早期に開始されるものもあり, これは新しい卵胞波の出現直後に小型の優性卵胞が排卵したためであり, 今後, 優性卵胞の早期排卵における受胎率が問題となる.

表4 

牛にプロジェステロンの腟内挿入剤(CIDR, PRID)やプロジェスターゲンの耳根部インプラントを使用する際の処置開始時におけるエストラジオールやGnRHの投与, および処置終了時または終了直前のPGF2αあるいはアナログの応用法

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............... 処置  ............処置後の発情開始 .... AI後の受胎率
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1. 12日間のプロジェステロン(P4)腟内挿入 ......2〜3日で80〜90%....... 40〜60%
.......+エストラジオール(E2)カプセル ......4〜7日で10〜20%

2. 9〜10日間のP4腟内挿入+開始時のE21)注射と..2〜3日で90〜95%....... 40〜60%
...終了時あるいは終了前1〜2日のPGF2α注射..4〜5日で 5〜10%

3. 9〜10日間のノルジェストメット(N)インプラ .......定時AIが推奨される .....40〜60%
...ントとインプラント挿入時吉草酸エス トラ
...ジオール5mgとN3mgの注射

4. 7〜8日間のP4腟内挿入と開始時のGnRH注射および ....2〜3日で90〜100% ...40〜60%
..処置終了日あるいは1日前のE21)注射とPGF2α投与...4〜5日で 0〜10%
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1)現在, P4挿入時のE2注射として, ODBを0.75mg投与している



図8.腟内挿入プロジェステロン(PRID)を処置した卵巣割去牛における
安息香酸エストラジオール(ODB)の投与量と投与方法
(腟内挿入カプセルか筋肉内注射)の違いが,
血中エストラジオールとFSH濃度に及ぼす影響


結論

我々は, 卵胞波のダイナミクスのコントロールについてやっと理解を始めたばかりであり, 得られた事実をもとに, 如何にして牛の発情の誘起や, 制御および同期化のための有効なホルモン処置を展開させるかが課題となる.
その際, 牛の栄養状態, 授乳の有無, 分娩後の日数, 種々の疾病, 特定の処置に対する反応の多様性など全てを考慮する必要がある.
結論として, 卵胞波同期化のための有効なホルモン処置と, 現行の確実な黄体退行の処置を組み合わせることにより, 定時人工授精に必要であるより狭い時間帯での発情の同期化効果や, 高い受胎率を達成するための受精能力のある卵子が存在する健康な優性卵胞を得る必要がある.

翻訳 上村俊一 (鹿児島大学農学部助教授)