日本大学 獣医繁殖学研究室 堀北哲也先生

「やぐら鶴」 口蹄疫対策支援チームの経験から生まれたチームコミュニケーションのワーク

宮崎で発生した口蹄疫の防疫に全国から派遣された家畜防疫員の個人的な経験談には有益な情報がある.

「俯瞰する役割の重要性」作業全般を見て仕切る人がいないと班員が戸惑う.いてくれたら困っている人を手伝える.安全性,効率性の為にも必要.リーダーから指示がないとばらばらに動いてしまう.

「情報の共有」他県から来た人員は現地の農家情報を把握していない.

「チームワークが苦手な獣医」獣医師はもともと一匹オオカミ的な性分があり,チームで動くことに慣れない.年上の人が間違ったことをしていても指摘できない.

「言い方,指示の出し方が難しい」間違っていることをどうやって指摘すればいいか分からない.指摘するとき,相手を立てて説明すればうまくいった.言い方が気に入らない人がいる.

「段取り」ちゃんとしてないと現場が混乱する.ちゃんとしていた班は楽だった.

リーダー,メンバー,チーム,チーム間の連携が重要であり,そのチームワーク上の問題点に対処できるトレーニングが必要であるとして「やぐら鶴」は作られた.口蹄疫や鳥インフルエンザの発生ではチームの不具合が露骨に見られる.

ワークショップ やぐら鶴

チームごとに折り鶴を載せた紙やぐらを組み,その数を競うゲーム.点数制でやぐら鶴を完成させると加点,ルール違反をすると減点となる.ルールは班員それぞれに断片的に伝えられ,チーム内でその情報を統合しなければならない.

知らされないルール:やぐら鶴があまりに不格好であると減点される.これは口蹄疫の殺処分作業で処分した豚を踏まないよう丁寧に作業を行う“質”と,踏んでしまってでも素早く数をこなす“量”のダブルバインドの比喩である.

<ディスカッション>

役割分担:ツルを折れない班員に折らせてしまう,これは注射が出来ない人を注射作業に従事させてしまうことに繋がる.

じゃんけん・やぐら作りへの対応が最初は遅れる:初発時の初動の遅れを意味しているのかもしれない.一度経験したら次からは対応が早くなっていった.

焦り:みんな一生懸命仕事をするが,全体を俯瞰する人がいなかった.手を動かさずに俯瞰・指示出しをし,チェックする人をつくるべきだった.プロセスと目標を共有するべきであった.

情報の漏れ:班にルール情報を正確に伝えなかった.情報を伝えるとき,本意からズレて伝わってしまった.

まず与えられた情報の読み上げをして,さらにそれを書き上げたら情報を共有できた.情報の“見える化”である.キーワードに関連する情報をつなげ構造化させることでうまくいった.

“見える化”しても本当に共有できるとは限らない.誤った方向にチームが向かってしまった,立ち止まって考える人・チェックする人が必要だった.

班で話し合って方向性を決められた.分担作業をする状況,みんなで同じ作業をする状況を決められた.みんなで話し合いをしないと班の作業効率が下がり,無駄に疲れる.

誤情報を誤情報と判断した理由.ゲームの全体から考えて必要がない情報,点数について記載がない情報を誤情報と判断した.

全体を見る人が何をすれば班員は焦らないのか.他班の状況,自分の班の状況を伝えて指示を出す必要がある.それは1人だけでは手に負えないかもしれない,複数いれば責任を分散させられるのではないか.まず立ち止まって状況確認し,班員を落ち着かせるのも必要.

“見える化”したものはさらに分かり易いようにして共有するべきである.“分かる化”である.

「〜してはいけない」というルール情報も与えられるべきである.

ルール文面の受け取り方,個人の判断・他人の判断のズレ,常識とのズレが生まれることもある.

口蹄疫や鳥インフルエンザ発生の現場で生まれる状況と「やぐら鶴」の状況は関連している.目標・情報の共有方法,“見える化”と“分かる化”が重要である.

蔵前哲郎先生   開業

管理獣医師を依頼されたA農場の事例.NHの子会社で主体は養豚事業であるが,繁殖牛2600頭,肥育牛6300頭規模の養牛部門をもつ.生産・育成を行うA農場の衛生管理プログラムには多くの問題点があり,新生子牛には初乳製剤のみを与え,初乳は与えない,ワクチンや寄生虫プログラムの不備,与えるミルクやスターターが少ないなどが挙げられる.また,月1回の獣医師の往診すら無しに従業員に医薬品投与指示書を配布し,下痢や肺炎の治療薬を投与させている.事故率は2〜3%と主張しているが,廃用をせず死ぬまで放置をする,ひねた子牛を転売するなどしている.

B農場の事例.約2000頭の老廃肥育を行っている.慢性肺炎などでひねた牛を導入し,肥育している.休薬期間を守らないなど問題がある.

これらに獣医師としてどういった対応ができるか.衛生指導,栄養管理指導,放置・現状維持する,家保・報道機関に通報をするか?

動物用抗菌剤の法的規制は想像より厳しい.これら農場はコンプライアンスを守っていない.獣医師法・薬事法などの法的規制があることを知らない.

宮崎の事例:口蹄疫発生までは問題なく連携が取れていたが,その後体調を崩し直接診察することなく指示書を出した.

開業をしたらこういった事例と関わることがある.どうやって逃げるか.通報は簡単だが企業・従業員・農家へのアドバイスも必要

Q.往診先にいって風邪がいる→薬を置いていく.転売して,休薬まもらずとなったら

A.難しい.専門家ではないので分からないが,獣医師の責任もあると思う.豚のワクチンを自家製して,他のところに売ったら免停6カ月という事例もある.

Q.抗生物質.転売,最後に指示書を書いたら残留がみつかって始末書を書いた.その前に打たれた抗生物質だろうと思われるが

A.トレーサビリティがあっても転売などで生産者の顔が見えない,出生が隠される.NHなども隠す.農家から“発注“をお願いされて,指示書を出して薬を渡すということがある.

Q.こういったことが獣医師の責任とされる

A.月1の巡回もせずに薬だけが動く.身の振り方を

Q.大きな農場から獣医師はどうみられるのか.経営者からみると獣医師は単なる従業員なのか.指示書を出した獣医師が責任をとる

A.雇われているなら従業員.出させた人間に責任を取らせたい.獣医師でない農家・経営者が薬を決めて打つのはおかしい.

コンプライアンスをやっているからHACCP,書類が通る.

Q.NHから宮崎・鹿児島の共済加入の試算が

A.廃用をしないから事故率が2-3%となる.今まで自分たちで勝手にやっていたことを共済に任せるということなら,それだけ動けたということでは

農家に対する説明法        山本浩通先生   開業.

畜産現場でのインフォームドコンセントは説明,理解,納得,実行,結果,継続・改善のサイクルからなる.ベテラン獣医でも説明不足で農家さんとトラブルになることがある.付き合いの長い農家さんだからといって説明を怠ってしまうことがある.私たちは前述のサイクルだけではない工程をとっている.

大動物診療の顧客は固定される.キャリアと信頼関係を積み重ね,トラブルを起こさないために,特に新人でインフォームドコンセントは重要となる.「説明できること」は「自分が理解していること」に繋がる.よって,インフォームドコンセントを行うことは継続的な学習を続けるサイクルを産み出す.これが大切である.(有)シェパードは「農家さんとのトラブルは必ず“説明と同意”の不足から起きる」という.

”農家に対する説明の仕方” をいかなる説明行動をもって表現するか

図に示したように農家さんに対して治療指針・飼養管理指針を可能な限り説明し理解・納得・実行・結果・判断の流れでインフォームドコンセントを果たす努力を致します。

特に分娩時のエマージェンシー・ワードは、短い時間に詳細な母体・胎児の情報を伝える必要性があります。

正常に胎子娩出が可能か否か。もし帝王切開に踏み切るならそのタイミング、予後説明等を必ず事前通告し”最終決断・判断は、畜主です”

の文言はすべての診療の初診時には伝えます。

(伏見)顧客がほぼ固定されている大動物獣医療においては、インフォームドコンセントは、「キャリアと信頼関係」と密接な関係があるものと考えられます。「トラブルを起こさないための布石」としてのインフォームドコンセントの役割は、特に新人期においての重要性が高く、顧客との付き合いの長さで省略できてしまうことが多いのかもしれません。

一方で、インフォームドコンセントには、もう一つの側面があるのかもしれません。

それは「説明すること」で「自分が理解すること」ではないかと考えています。理解は説明の前提に成り立つもので、インフォームするために継続的に病態や現象を分析して理解するための学習を続けるサイクルを生み出していると考えられます。

長く同じ顧客(農家さん)とお付き合いすることでインフォームドコンセントが必ずしも日常的に必要ではなくなる私たちの仕事では、もしかしたら後者の側面を意識した思考が大切なのかもしれないと思いました。

(伏見)私の学生時代には(10年程度前)、

インフォームドコンセントとエビデンスベイスドメディスンが教育プログラムの中にすでに組み込まれておりました。(それ以前にいつ頃から始まっていたかはわかりません)

そのおかげで、診療・治療において「論拠を持った(場合によっては示した)説明の上で、畜主の意思決定を得る(同意を得る)」というルールがベースにあるように思います。

シンプルに下痢の治療であっても、農家さんの主観情報と客観的事実から得られる考察を元に、原因が何であって、今からどのような処置を行って、どのような予後が予想されるかを説明しておりました。

前職のシェパード勤務医時にも、特に意識して後輩へもその点を教育しておりました。「トラブルは必ず説明と同意不足から起こる」と。

チーム診療であり社員であるという認識もその意識を高めていたものと思います。(会社や同僚に迷惑はかけられないという意味で。)

妊娠診断書の診断所見には

”但し、この診断書は、家畜取引法の定めるところの業務規程の範囲内での責任診断であり、それ以降の分娩までを保証するものではありません。”

の文書を加えてあります。

家畜取引法と競市場法施行規約の中に解釈困難な言回しで記載されています。

「家畜取引法の定めるところの業務規程」とは”各競り市を開催する競り市場(JA・家畜商組合等)の競り市場法の施行規約内の定めるところの期間・・・・”非常に分かりにくく畜産六法に記載してあります。

小生の後輩からの相談で「診断書がついてるのに妊娠していなかったので違約金を払え」の処理でどこまでが獣医師の診断書の有効範囲内かを調べたら期間、日にちは書いてありませんでした。

そこで鹿児島県内のJA開催市場の規定は、経済連が管轄しており、”競市開催の14日以内の妊娠診断書を添付しかつ解約期間が7日以内”とあり、これが「家畜取引法の定めるところの業務規程」としての妊娠診断書の有効期間との回答を当時のJAそお鹿児島の肉用牛課から頂きまして小生は妊娠診断書に記載しております。

獣医師の逃げ口上ではなく、小動物診療での裁判事例を見据えた行動学だと思います。

お産時の説明

(伏見)

特に到着時点での最優先確認事項は「子牛のバイタル」であると、後輩には口を酸っぱく伝えていました。バイタルの有無や強弱、違和感等は率直に、迅速に農家さんにお伝えしていました。これは所長である蓮沼先生の教えを継承しています。

お産は若干数十分の一発勝負で「生か死か」はっきりと答えが出て、獣医師の判断や処置も「白か黒か」農家さんにバッサリと印象付けられてしまいます。特に新人時期にはその傾向が強くあると考えられます。事後の挽回も言い訳も効きません。(無論他の診療もそうではあるのですが、お産は特に)

インフォームすることで、本来生存の可能性が元から低かった子牛を、獣医師の判断ミスや技術の不足であやめてしまったという「誤解による失格の烙印」を押されることを避けられる可能性が高まります。

この失敗を「若造は無理して出しゃばらない(笑)」で防ぐことも可能とは思いますが、今回のテーマに沿って考えると、インフォームとして「鑑定に流産のリスクが伴う」「鑑定と関係なく流産も起こりうる」ことを説明し、「理解した上で鑑定を実施するかどうか」の選択をしていただき、「超音波画像をお見せする」までできれば、結果は違ったものになった可能性はあります。

(五位塚)

見えないところを限りなく詳細に現状説明、今後起こりうる経時的状況説明、判断し得る範囲での予後説明がポイントかな

『胎児が死ぬかもしれない時』

【説明】

「胎児は正常姿勢ではありますが、胎児が大きいか骨盤が狭いかで 通過かが難しい状況です。」

「今体内では生きております。」

「このまま牽引する場合は、五分五分の生存率と思われますが、 帝王切開をする場合は、生存率はかなり高くなりますが分娩後の発情回帰・受胎率は正常分娩よりは低くなります。」

「どちらを選ぶにしても良し悪し(リスク)はありますが、判断するのは畜主です。」

「いずれにせよ小生の体力・余力があるうちに考えてください。」「決まれば胎児を救うことに全力を注ぐだけです。」

『胎児が死んでいる時またはたぶん死んでいる時』

『帝王切開か切胎をする時』

【説明】

「胎児は正常姿勢ではありますが、胎動がありません。」「死亡している率が高いと思います。」「ただ、体内での姿勢が異常のため産道通過は難しいと考えられます。」

「そこで体内で固まった胎児を取り出すには、胎児を切胎してパーツごと取り出すか帝王切開して取り出すかしか方法がありません。」

「胎児が死亡していると次の受胎に影響が出るので母牛の栄養管理を徹底して 早期受胎に努めましょう。」

『お産以外の、重度の病気の時(腸捻転、膀胱破裂など)の手術をするかどうかの時』

【説明】

「点滴投与などの治療ではなかなか難しい病気です。ただ、現場で一人の獣医師が判 断するより複数の獣医師で判断して方がよりいい判断ができると思いますので共済 組合獣医師の立会い確認を受け判断を仰ぎたいと思いますが。複数獣医師の意見を 聞いてから予後不良とするか継続するか手術するか高度医療施設へお願いするかを 決断してください。」


<意見>

○分娩時は処置の最初に説明しないと,娩出後の胎仔の予後は不明のためトラブルとなる.インフォームドコンセントを行うことで畜主と獣医の双方で責任を持つことができる.

○帝王切開を行うときは必ず畜主に判断を委ねている.帝王切開を断られることはないが,それでも同意形成を行っている.

○難産時,介助で取り出そうとするタイミングと帝王切開にふみきるタイミングを誤るとトラブルになる.

○私はほとんど経腟で介助する.農家によってお産の好みが違い,帝王切開が嫌いだから私に依頼をされる.なので,説明をしようがしまいが,分娩介助を行っても死産だった場合でも農家さんは「仕方がないと」言ってくれる.

山本先生:それは農家さんとの信頼と積み重ねたキャリアによるものでは.

○獣医師として倫理観のもと,自分の処置について説明をするべきであり,そういった教育も受けている.

○予後が悪い子牛について全く説明をせずに治療を行っていたことがある.その子牛はたまたま状態が改善したが,やはり説明をするべきだった.

○当初,肺炎だと考えていたが心疾患で死んだ子牛がいた.その時は精査をして肺炎疑いから心疾患疑いに変えたが,それを農家に説明したので,死んでしまっても農家は納得してくれた.

○新生仔の蘇生処置を行った上,死亡しても「しょうがなかったね」と言ってくれる.そのような雰囲気をつくることが必要である.

○農家は妊娠鑑定書をもらったら,出産することまで保証されたと考える場合があり,トラブルにつながる.

○妊娠鑑定をした牛が分娩予定前に腟脱を起こし,それに対して農家がPGを打ち死産となった.そして5カ月前に妊娠鑑定した獣医に責任をとれと言った.その経験から「分娩までを保証するものではない」の一文を鑑定書に書き加えることにした.

○自分自身を守るためには「分娩までを保証するものではない」の一文を鑑定書に加え,インフォームドコンセントを実施するが必要ではないか

○鑑定書に子宮内エコー画像を貼り付け,胎仔の心臓拍動を確認して鑑定書を書いている.それならばJA市場の規定にある7日以内の解約期間は保証できると考えている.

○解約期間は購入後7日以内に妊娠鑑定して空胎なら返品が可能ということだが,餌を食わないという理由で返品をされることがあった.

○本来,妊娠鑑定は実施した時点の妊娠しか保証できないはずである.しかしJAの規定上,解約期間である7日日の妊娠を保証しなければならないのはおかしい.

○妊娠を空胎と鑑定してしまい,その牛が肥育に出され出荷時の値段が低くなったとトラブルになり,違約金を払った経験がある.

○妊娠プラスは鑑定書で証明できるが,妊娠マイナスを証明できるのは自身の診療日誌しかない.

○農家からの聴取だけで空胎・妊娠を電子文書化せず,実際に診察してから文書化するようにしている.

都城では市場に出すために“脂肪壊死は触知せず“の文言が必要であり,親指大の脂肪壊死でもその旨を書く.他の地域ではどうなのでしょう.

<意見>

○鹿児島中央・姶良市場は必要ない

○老廃肥育農家からしたら脂肪壊死は致命的である.そのようにしてクレームをつけられるポイントを減らすべきでは.

○10万円で売られた脂肪壊死牛を家畜商が農家に50万円で売り,トラブル・裁判となった事例を知っている.

○「異物(脂肪壊死)を触知した」と書いたら値段は下がるが,書かないで違約金を払うリスクを負うよりは良い.

○腟脱の牛を空胎で売るときは,腟脱であることを敢えて言わずに売るようアドバイスしている.

○脂肪壊死かどうかを尋ねられたら答えないといけないのではないか.農家から脂肪壊死であることを伝えるべきか相談をされたなら,伝えるよう言うべきである.

○腟脱や子宮脱などの既往症も書くべきであろう.

蔵田先生の物語〜前回の続き〜     赤星隆雄先生   開業

35歳…就職して7年目の独立は理想的であろう.

38歳…開業3年目.鹿児島で年1万頭を診療,当時で1000万円の診療収入,実収入を6割とすると現在値で実収入は2400万円となる.

41歳…年間労働時間は1800*3時間となる.労働基準法で定められるところの3倍.

47歳…曽於郡での診療比は12:2=比良先生:赤星先生 となる.弟子らが鹿児島診療頭数の一位二位を独占.

50歳…第五春英の人工授精用雄牛を飼う.肉質良く子だしの良い種雄牛であった.

57歳…不動産を買うが現在まで半値である.1250万円,2反3畝を買った.

58歳…雄牛廃用.農協技術員による「血統が悪い」という主張を受けてのことである.責任のない人間の発言を真に受けてしまった.後の調査では肉質よく,子だしが良かったことが分かっている.

先生が弟子を指導するときはスパルタであり,よく頭を叩いた.

60歳…共済がかごしまVNETをつくり,鹿児島臨床研究会から分離.

  借金を背負った親戚若夫婦に牛を飼わせ,成功させる.

83歳…100頭ほどを診察する.

現在…縁故があるか,よく知っている農家に診療に出ている.

蔵田先生がいうことには,体を元気にして今のまま過ごせれば幸福である.自分に対して追いつき追い越してほしい.臨床でしていることは今も昔も変わらず,聴診器と体温計で6割は診断をつけている.

先生は東芝研究所,河西先生,小島先生から繁殖障害などをみっちり勉強した.

サラリーマン時代のストレスからか,地元に戻ったころは体調が悪かったが,開業してだんだん体が元気になった.一日3,4時間の睡眠で働けたとのことである.

動物を診察するときは謙虚になることが重要である.また,仕事を家内から認めてもらうことが必要.

臨床の上では他人が出来ないことができるようになるのが重要.失敗をたくさんすることで成功するようになる.

子宮捻転を立位で整復することを実行,発表したことが一番誇らしい.

腎不全牛の治療経過と転機     久留須丈二先生   開業

2017/04/04初診黒毛和種,四歳令,雌.産後4日目,食欲不振との稟告.起立可能も前肢帯の筋肉振戦し,第一胃運動(-),TPR正常.Mg欠乏を疑い,血液検査を行うとともに輸液・Ca剤の投与を実施.血液検査異常所見はHct 54.1%↑,Ca 7.8%↓のみ.

04/05 症状変化なく,同治療

04/06 元気やや減退し食欲上昇せず.ケトーシスも疑いキシリット注も追加し加療する.

04/07 削痩し,被毛失沢.同治療と再度血液検査を実施する.血液検査異常所見はHct 54.4%,Cl 87mmol/L,BUN 65mg/dL,AST 300mg/dL,Cre2 4.0mg/dL,Ca 7.6mg/dL,IP 13.1mg/dL,TP 5.1g/dL,Alb 2.7g/dL,CK >2000IU/Lとなった.

04/08 腎不全として酢酸リンゲル2L,ラシックス,ビクタス,ビタミンB1製剤を投与.

04/13 泥状便の排出の持続.排尿時の異常な泡立ちを認め,アミロイドーシスも疑う.ラブスティックにてたんぱく尿±.再度血液検査を実施する.BUN >200mg/dL,Cre2 14.7mg/dLと悪化.

04/17 症状変化なく,鹿児島大学にて病理解剖を提案するが,治療を続ける.

04/27 元気・食欲やや回復し,血液検査異常所見はBUN 103mg/dL,AST 141mg/dL,Cre2 9.3mg/dL,TP 4.1g/dL,Alb 1.6g/dL

04/28 元気・食欲2/3程度まで回復

05/07 元気・食欲は維持,様子をみる.血液検査異常所見はCl 93mmol/L,BUN 80mg/dL,AST 92mg/dL,Cre2 5.7mg/dL,TP 6.2g/dL,Alb 2.6g/dL

10/10転機.3日ぐらい前から再び元気・食欲ないとの稟告.再診時,被毛失沢し,削痩.歩様蹌踉.心音微弱にて低体温37.5℃を示す.再び腎不全の再発を疑い,処置準備・採血を行うも座り込む.その後,痙攣をし,輸液中に死亡.血液検査異常所見はHct 23.4%,Na 108mmol/L,K 6.3mmol/L,Cl 67mmol/L,Glu 134mg/dL,BUN >200mg/dL,AST 790mg/dL,ALT 62IU/L,Cre2 >20mg/dL,IP >20mg/dL,TP 9.7g/dL,Alb 4.4g/dL,t-Bil 1.2mg/dL,CK >2000IU/L.

腎不全は完治するのでしょうか.BUN,Cre値が高ければ廃用をするのがよいのでしょうか.

<質疑応答>

Q.腎不全を疑った時の排尿の様子はどうだったか.

A.背弯し,尿量多く,泡立っていた.直検で腎臓は触れなかった.

Q.初めはTPが低値だが.終りには高値となっているが.

A.TPが低値でもBUN,Creは高値なのでアミロイドーシスなどで腎臓が悪かったのではと考えている.初期にアミノ酸製剤を投与しておけば少しは違う結果になったかもしれない.

Q.04/08〜04/13は何か治療をしたのか.

A.同じくラシックス等を投与.3-4週間は毎日治療した.保険が余っていたという特殊な事例であったため治療を行い20万強かかったが,共済保険は通った.

Q.種は何か.初診時に離乳はしたか.  

A.幸紀雄. 離乳した.患畜は妊娠で購入された牛であり,4歳令で売られるということは以前に何かあったのかもしれない.

Q.緩解したときに出荷という考えはなかったのか.

A.治療してほしいということなので,しなかった.

Q.発情回帰はしたか.

A.しなかった.

<意見>

○分娩後の腎不全疑いではデキサメサゾンの7-10日の投与で治療できた経験がある.

○農家も納得していただろうから死亡後に剖検を申し出てよかったのでは.

○私の場合は尿毒症で全部廃棄になることが予想出来ていても緊急出荷させる.農場で死なせたくない.

○直検で尿管を触るれような腎不全の症例があった.デキサを使うと数日の間は改善した.

重症肺炎牛に対するの輸液ルートの検索

黒毛和種,雌,2カ月齢.一昨日より呼吸が速く,発咳ありとの稟告.体温40.0℃,やや呼吸早く,脱水軽度.肺全体にて雑音+.右肺にて軽度ラッセル+.等リン1L,ネオアス,フロロコール投与を実施.輸液速度は2滴/秒ほどであった.

翌日になり体温40.5℃,眼球陥没し,脱水↑.開口呼吸をし呼吸速迫.両肺にてラッセル+.流涎+.等張リンゲル液,フルニキシン,ビタミンB1製剤をi.v.にて点滴(2滴/秒)し,バイトリルs.c. 輸液途中に発咳強くなり流涎++.輸液終了後死亡した.

剖検所見は肺にそれほど炎症はなく,気管支にも炎症はなかった.割面に膿瘍などもなかった.心臓は肥大しているように感じた.

体重50kg程度の子牛に500mL/hという輸液速度が速すぎて肺水腫が増悪して死亡させてしまったのでしょうか.また,このような症例では静脈内投与ではもっとゆっくりな持続点滴の方がよいのか,もしくは皮下点滴等の手段も有効なのでしょうか.

<質疑応答>

Q.8mL/kgほどの輸液速度が適正である.肺炎が重篤な場合は150-200ml/hを目安にして点滴している.

A.農家不在であったため,5時間も待っていられなかった.

Q.肺炎に対しては24時間かけて2-3Lを流す持続点滴が必要である.皮下点滴を行うこともある.

Q.経口補液を行うとすると,胃が拡張し呼吸を阻害することになるのではないか.

A.胃を大きく拡張させるほどの量を投与しなければよいのではないでしょうか.

Q.急性の肺水腫による死亡ではないか.初診時にすでに肺水腫を抱えており,輸液により肺水腫が増悪されたのではないか.

A.輸液中に発咳が強くなった.その可能性があるかもしれない.

<意見>

○酸素ボンベから酸素を3L/minで嗅がせながら輸液を実施すると奏功したことがある.

○脱水の程度がひどいときは皮下点滴を実施することもある.

○留置を入れて2L/24hで点滴を行ったこともある.

○経鼻カテーテルを設置して補液を点滴することを考えている.

第四胃変位の治療法の種類  中村優臣先生  開業



第四胃変位の右変位の場合,開腹手術として立位右?部切開,傍正中切開がある.左方変位では外科療法としてビン吊り法,立位右?部切開,立位左?部切開,傍正中切開がある.四変での内科療法にはビオペア酢と立位ガス抜き,ローリングと仰臥ガス抜きまたはビン吊り法が行われる.


内科治療として高張食塩水500mL/100kgの静注,消化管蠕動運動促進剤であるメトクロプラミド,ベサネコール,ネオスチグミンの投与,カルマデックス100mL,ビタミン製剤のイプコン20mL,ビオペア酢(ビオペア50g,食酢200mL)が用いられる.

ローリングの利点としては非侵襲的であること,比較的短時間で済むことが挙げられ,欠点としては再発の可能性があり,その治癒率は20%とされていること,広いスペースと人手が必要であることが挙げられる.

立位ガス抜き法はピング音の最強点を清拭し,留置針内筒を体壁に垂直に刺入させ,ピング音なくなるまでバキュームラインで吸引する.利点としては非侵襲で安価,比較的短時間ですむことや抗生剤を使用せずにすむこと,欠点としては予後観察が必要で,再発の可能性が高いことがある.

立位右?部切開ハノーバー法.硬膜外麻酔を行い,右?部の剃毛と消毒をする.腰椎横突起の10cm下方から15-20cm縦切開,もしくは最後肋骨の4cm尾側で肋骨に沿って斜切開する.第四胃を確認したら,針を掌に隠しながら腹腔内を進め刺入,ガスが抜け第四胃が弛緩してきたら針尖端を隠しながら針を抜去.弛緩した第四胃を優しく掴み、切開創まで目視できるように引っ張り,USP5(3+4)ナイロン糸30cmを2本用意し、丸針をつけ大湾側で幽門部付近の大網を大湾に沿って2ヶ所縫合し,閉創する.利点として再発率が低く,予後が良好であること,欠点として侵襲性があり,時間が必要で,第四胃に届かない・見つからない場合もある.

立位左?部切開.枠場保定をして硬膜外もしくは皮下局所麻酔を行う.臍部より左前方の下腹部と左?部の剃毛消毒をし,?部に腕が入る程度の切開をする.このとき大きな牛では腹腔底まで腕が届くよう切開創を下にする.腹腔内に腕を入れ状態の探索をする.160cmの絹糸を半分に折って80cmのダブルにし,弱弯丸針を付ける.第四胃低部(膨らんだ頂点)に5cmほど幅をとって二か所それぞれに針を貫通され,糸両端を創外に出す.糸に弱弯丸針をつけ,掌に隠しながら腹腔底まで持っていきそこで筋層皮膚を貫通させる.残りの糸も同様に腹腔底を貫通させるが,このとき,初めの貫通点から4cmほど離し,第四胃の縫合間隔より少し小さくする.下腹に出てきた2本の糸どうしを結紮する.2-3週間で自然に脱落するので抜糸はしない.利点として目視確認可能で重度の左方変位に最適であること,欠点としては助手が必要で,下腹部が感染しやすいこと,第四胃を見つける技術が必要で右にすり抜けていった場合どうしようもないことが挙げられる.

傍正中切開.剣状突起から拳一個分尾側,そこから拳一個分側方にいった位置を切開の起始点とする.手が入る分だけの切開をし,腕を挿入,状態を探索する.左方変位の場合はガスを抜きながら4胃を創面に出し,大弯の中央部を創面に出して、異常なテンションがない位置であることを確認する.胃底部をかがり縫いで、1.2から1.5cm幅で4から5針かける.このとき,固定部位よりもかがり縫い部分が短くなるように注意する.固定部位よりもかがり部分が長くなるとたるみが出てしまう.正中側5cm程度の場所に固定する.利点は目視確認できることで,欠点は設備が必要であることである.

地域によって第四胃変位への対処法はさまざまである.農家側からしたら,外科手術で抗生物質を使用すると休薬期間が発生するので避けたいはずだ.まず内科治療を行ってから手術に踏み切るべきではないか.

<質疑応答>

Q.左?部切開では胃内ガスは抜かないのか.

A.ガスを抜くと弛緩してしまい糸がかけられなくなる.固定した後もガス抜きは行わない.

Q.時間がないときには内科治療を行い後日手術をする形でもよいか.また,内科治療の2-3週間後に再発をすることはないか.

A.それでよいと思う.内科治療後は飼養管理を改善させる指導等を行って再発を防ぐべき.

Q.立位ガス抜きを行ったことがある.ピング音はしなくなるが,しかし乳量が悪くなる.牛に良くない処置なのではないか.

A.立位ガス抜きは行うときは経口投与で50Lほど水を入れて重しとしている.処置した2/3は緩解するようだ.

Q.立位ガス抜きを行って腹膜炎は起きないのか.ガスが抜けきると第4胃が腹腔底に落ちてしまうのでは.

A.腹膜炎は起きない.ガスが抜けても,第四胃がストンと落ちるような感覚はない.

Q.ローリング法を短時間で済ませるにはどうすればよいか.

A.人手を増やし3-4人で行うのがよい.

<意見>

○傍正中切開をかつて実施していたが,現場で行うと手術台もないので術者に負担がかかってしまう.

○ビオペア酢の使用で牛の半分が治るという.非常に有用な手段だ.

○私は第四胃変位に遭遇したら,すぐに外科手術をして術後に肝臓などの治療に専念するようにしている.

○左?部切開は過肥牛や妊娠牛で有効である.

離島での敷料と堆肥つくり  中紙育朗先生  株式会社ラボジェネター

離島では敷料が敷かれていない場合が多い.台風が多く林業が盛んでないので,おがくず,もみ殻,バーク等が手に入りにくい,また,放牧が多いので一日中牛舎に牛がいないためである.そのため臍帯炎などが多くなる.そのため,改善策として,サトウキビの絞りかす(バガス)や葉を乾燥させたもの,キノコの廃菌床,乾燥,ゴムマットなどを提案している.ただし,細かく裁断したものが乾燥していると風で舞い上がり肺炎の因子となることがあり,逆に水分が多すぎると床もちが悪くなるため注意が必要である.バガス・キノコの廃菌床はかびている可能性があるので一度糞尿と混ぜて発酵させてから使う.

離島での堆肥舎は水分の溜め込みやすく作業がしづらい.台風が来ると雨が堆肥舎に入ってくる構造であり,また牛舎には水分調整物としての敷料もないため水分過多の堆肥を畑に撒くことになっている.改善策として,無駄な仕切りをなくしてホイールローダーなどの作業機で切り返しがしやすいようにする,余分な水分が流れるよう床に傾斜をつける,堆肥舎と牛舎屋根を繋げる,雨がかかりにくいようスペースを広くとる,採光できる素材にする,空気を取り込めるようカマボコ型に堆肥を積むなどがある.サトウキビを使った堆肥の水分量は60-65%,廃菌床を使った堆肥では水分量は50%以下にするのがよい.

健康な土が健康な草をつくる.敷料があることで牛が快適になる.牛舎・堆肥舎の設計アドバイスを行い,成功例を広め,農家さんの意識を高めたい.

Q.牛舎と堆肥舎をつなげて牛舎は臭くならないのか.

A.臭くならない.

Q.堆肥舎の屋根は透明の方がよいのか.

A.その方がよい.堆肥の水分量が下がる.

Q.堆肥舎の屋根にかかる雨はどう流れるのか

A.堆肥山から離れるように流れている.

Q.どのような廃菌床をどのようにつかうのか

A.エリンギなどの廃菌床を用いている.水分量が多いので一度発酵させて使う.

Q.ホルスタインの糞はべちゃべちゃなのでまともな堆肥にならない.どうすればよいか.

A.今後の課題である.

<意見>

○透明な堆肥舎の屋根は寿命が短く,暑い

○堆肥舎と牛舎を繋げてしまうのは法令上どうなのか.

<質疑応答>

Q.口蹄疫を疑ったとき,家保を呼んで検査を行ってもらうが,家保に通報することについてうまく説明同意できなかったため農家さんとトラブルになったことがある.重大な場面では現場に第三者を招いてともに話し合うことはどうか.

A.獣医と農家のもめごとでは“メディエーション”が必要である.弁護士などではなくても,訓練された人(メディエーター)がいないといけない.共済が疑似患畜としたときは,現場獣医師ではなく診療所の所長などが組織として通報をした.法定伝染病に出会うことは怖いが,それを見逃すことはもっと怖い.農家と話し合ってから通報することは重要である.そういった意味では開業獣医師と農家だけの関係でなく第三者的立場は必要である.

  Q.通報したとき,家保と農家の間だけで話が進んでしまい,通報した開業獣医師に情報が共有されなかった.そのため獣医として農家さんへの説明も出来なかった.通報は農家の本意ではなく,検査結果が陰性でもあったので,農家さんからの信用を失った.

  A.家保に責任があるのではないか.例えば日本大学の小動物病院では依頼された二次診療の結果は紹介した先生を通してお伝えしている.家保にもそういったことが必要では.

  A.農家に「口蹄疫は検査をしないと確定診断できない」ということを啓蒙しなければならない

    Q.口蹄疫の勉強会を開いた直後のことだったので,残念であった.通報する,ということがどういうことなのかもっと伝えるべきであった.

      A.通報しなかった場合に起きる問題も伝えるべきであったのでは.

      A.陰性と分かることに価値がある,ということを伝えるべきであろう.農家に対して説明をすると,家保による検査に消極的になることがある.心配だから一応通報しようか,とは出来ない.移動禁止などの措置があってもそれに対する補償がされないことも問題だ.

      A.通報という形で,疑似患畜という表現になるが,陰性であることを確かめようという考えも広まるべきだ

      A.通報された農家さんが「陰性でよかった」と獣医に言ってくれることがあった

Q.初診で子牛の脱水を認めたため補液をした.再診で尿がほとんどないことに気付き,血液生化学検査から腎不全を疑うが,浮腫等を示しその後斃死した.どうすればよかったのか.

A.現場で腎臓が悪いことをはじめから疑って輸液をするのは難しい.

Q.肺炎でBALを二例した.一例はその後熱発したが,もう一例は改善した.それの洗浄液から細菌は検出できなかった.抗菌薬の使い方について考えさせられた.

A.BALで完治した例がある.物理的に気管支・肺胞を洗うことで抗菌薬の移行性がよくなり治療効果があるように感じられた.

Q.肺炎から心タンポナーデに移行したのではと考えられる症例があった.ありえるのか.

A.肺炎から肺性心・心タンポはあるのかもしれない.

Q.白癬菌で何か治療はあるか

A.5倍濃縮酢と油がある.酢を塗って天ぷら廃油等でコーディングする手法. 10%クリアキルを塗るだけでも違う. 漢方薬が効く菌株もあるらしい. 農家はカビキラーを塗るらしい. 木酢液よく効いた.