特別講演「俵牛づくりに挑戦しよう」

講演者 一般社団法人 家畜改良事業団 家畜改良アドバイザー 寺島豊明

T章 肉牛情勢

まず現在の牛枝肉情勢についてお話させていただきます。牛枝肉相場は、高い相場が続いています。その理由としては、出荷頭数が減少していることがあります。成牛の屠畜頭数は前年比99.0%となっています。また輸入量合計が前年比で108.4%となっていること、三つ目には牛肉の1世帯当たりの購入量が増えていることがあげられます。前年比105.1%で、購入金額当たりでは前年比102.7%です。その他には、ふるさと納税のお礼品で和牛肉が使用されることが全国で多くなってきていることや訪日観光客による牛肉の需要増加による要因も大きいようです。

次は肉牛の課題についてです。一つ目の提案としては、和牛と牛肉の薄切り文化を普及させるということです。牛肉の食べ方は、その国の食文化と深いかかわりがあります。例えばアメリカでは、厚切りのステーキ文化です。脂肪が少なく赤みが多い牛肉が好まれ、生産されています。欧州は煮込み文化です。オスは去勢しないで肥育をするためD.G.が約1.4とかなり高くなります。日本の場合は、牛肉を薄く切って、野菜やキノコやシラタキ等と一緒に食べる薄切り文化です。野菜をよく食べる日本人の知恵です。

2020年にオリンピックが東京で開催されます。日本の牛肉とその味を世界中の人に知ってもらうまたとないチャンスです。そのためには活動と組織作りが必要です。また最も大切なことは「日本国内」に日本の牛肉のおいしさ、スキヤキ、シャブシャブ等を広めることです。ハレの日には一回でも多く日本の牛肉料理でお祝いする風習を普及しましょう。

二つの目の提案として、チェックオフ制度を日本でも導入するということが挙げられます。米国では、牛肉、豚肉、鶏卵、飲用乳、大豆等を対象に消費の維持・拡大、生産性の向上等を図ることを目的とし、生産者から賦課金を徴収する制度を設けています。肉牛1頭あたり1ドル程度の負担となっています。日本でもこのような制度ができれば、和牛の消費拡大や輸出促進に非常に有効であると思います。

 三つ目の提案として、「90歳まで、牛を飼おう」ということが挙げられます。そのためには年をとっても牛を飼える環境を整える必要があります。牛飼いで、きつい労働は毎日の飼料給与とボロ出しです。飼料給与は自動給餌器の設置、ボロ出しについては、機械(ボブキャット、ホイールローダ等)が入るように牛舎の改造や牛柵等の改善が必要となります。長く続けていれば子供や孫が後を継いでくれる可能性もあります。90歳で牛を出荷したら、みんなでお祝いする習慣をつくってみてはいかがでしょうか。しかしながら今は相場が高いので、これを機にやめてしまうといった問題も生じています。

U章 肉牛肥育

1.これからの肉牛肥育戦略について

最近の銘柄牛の動き:H283月から4月の東京食肉市場のセリ価格においては、近江牛が1位で松阪牛を単価で上回っているといった状況があります。3位は米沢牛で特色作りに努力をしています。また新たな銘柄牛として、香川県のオリーブ牛、岡山県の千屋牛、石川県の能登牛などが台頭してきており、いずれも地元を基盤とした取り組みをおこなっています。一方、銘柄牛の産地でも特徴がなくなり、一般牛と変わらない価格になった銘柄牛・産地もあります。関係者と連携して、地元の特徴を生かした取り組みはますます要求されると思われます。そのためのキーワードといてこのような事項が考えられます。@おいしさの追求、とにかく自分たちが生産した肉牛を食べてみる。A歩留まり、モモ抜け、資質、脂肪の質が良い枝肉づくりの追求をする。B地元で子牛の体づくり、腹づくりの徹底をする。C繁殖肥育一貫、一部一貫を追求する。D飼料または出荷前の降りかけ(地元と関連する原料)の統一利用をおこなう」。E地域版チェック・オフ制度(地元の団結)を追求する。

飼養管理のポイント:最も大切なことは、牛舎内で肥育牛を絶対に殺さないということです。そのために飼養、環境面から、再び見直し点検をおこないます。さらに肉牛を詳細に観察する体制作りが必要となってきます。その他に後で述べますが枝肉重量を大きくすること瑕痂を少なくすることが大切です。

繁殖・肥育一貫について:肥育が一代限りの場合、無理して繁殖一貫を追求する必要はないが、後継者がいる場合には繁殖・肥育一貫を追求することは大切です。まずそのメリットとデメリットを整理してみましょう。メリットは、@素牛代が安くなること。A自分の好きな精液を使用できることです。またデメリットは、@忙しいこと。A繁殖牛の受胎、哺育、育成等、難しい技術が要求されること。B資本投資が必要で、一定期間、収入が減少すること。C繁殖牛の能力が悪くても使わざるを得ないこと。D日本の繁殖・肥育一貫農場では子牛の発育が悪いことが挙げられます。これらのデメリットを克服できれば、非常に安定した経営委となります。後継者がいらっしゃる方はぜひ繁殖一貫に挑戦してください。

繁殖・肥育一貫でも子牛の飼い直し:市場に出荷できるような子牛を作った場合、牛によっては過肥になる可能性もあります。そのため子牛を2ヶ月間程度、粗飼料中心で飼い直しを行うことをお薦めします。

2.枝肉重量大きくするためのポイント

現在、肉牛生産者は、サシよりもまず枝肉重量を少しでも大きくして、異常な素牛高に対処したいという気持ちがますます強くなっているようです。そこで、枝肉重量を大きくするためには、次のような項目が大切になってきます。@増体系の血統を選ぶこと。枝肉重量は大きくなりますが、肉質面での欠点も生じてきます。A大きな素牛を選ぶこと。体重が重い素牛は枝肉重量も大きくなりますが、誰もが狙っているため価格が高くなります。また尾枕が付いたような元牛は、第一胃ができていないので大事な時に食い止まりが発生する傾向があります。B日齢D.Gが大きい素牛を選ぶこと。去勢も雌も日齢D.G.が高い素牛は枝肉重量が大きく、BMSNo.も高い傾向にあります。日齢D.G.は去勢が1.21.3、雌は1.01.1のクラスが販売額と素牛代の差額が大きい結果となっています。C飼料摂取量を高めること。配合飼料の摂取量が高いほど大きな枝肉重量が期待できますが、飼料摂取量は肉牛の能力です。能力以上に飼料を与えてもやがては食べなくなります。牛の能力、飼料摂取量を見極めることが重要です。一般的には、今までより0.51kg増加させることが無難です。近年重視されているのは、導入後に粗飼料中心での飼い直しを徹底することです。導入後13ヶ月間は粗飼料合計で、去勢は5kg、雌では4kg以上は食べさせたいものです。D添加物を使用すること。ウルソは食い止まりの改善効果があるとして、多数の肉牛農場で使用されています。しかし価格が高いので費用対効果を考える必要があります。最近話題になっているモネンシンも枝肉重量を大きくすると言われている添加物です。しかし抗生物質ですから、安全性の面で問題があり、さらにモネンシンショックを発生する場合があります。E飼養管理を改善すること(食い止まりを出さないこと)。牛にとって良い飼料とは、軽くて嗜好性がよく、十分にエネルギーを確保できる飼料です。軽いということはNDF、繊維等が多く含まれている糟糠類です。また濃厚飼料のピークの発生時期も、牛の能力・資質として大切な技術です。判断を誤ると食い止まりという重大な事態を招いてしまいます。F飼養環境を改善すること。良い飼養環境とは、常に牛が寝ているような飼養環境です。牛が寝ている状態が多いことは恐らくルーメンの発酵状態がよく、飼料の効率が良いので太るのだと思います。また水を多く飲むことで、枝肉重量が大きくなった試験例もあります。

3.飼養管理面からの肉質成績を上げるポイント

成績を上げるポイントとしては、飼料摂取量を安定的に高く維持し、食い止まりを出さないこと。もし出たらすぐに対処することが重要です。

次にビタミンAのコントロールを適切に行うことです。一度はビタミンA濃度を去勢で30単位前後まで下げます。雌ではその半分の15単位前後まで下げます。またビタミンAの補給は、牛の個体差をみて判断することです。飼料摂取量が低下しないような飼養管理、ビタミンAの補給を行うことが大切です。1回目のビタミンAの補給(生後23ヶ月齢頃が理想)は、牛を良く観察して、悩んで、我慢して個体ごとに判断します。瞳孔反射速度も夜、定期的に測定することが必要です。一般的には、生後23か月齢頃までは我慢したいものです。通常ビタミンAを切ってか510か月後にはビタミンA欠乏症が現れます。明らかにビタミンA欠乏による食い止まりの場合は、1回目のビタミンAを思い切って投与します。肥育は飼料を食べさせることが最優先です。その場合の注意点として、ビタミンAの切れ具合を正確に判断することです。一頭毎に動向反射速度の測定をおこない、判断します。2回目のビタミンAの補給は、34ヶ月後が一般的です。生後27ヶ月齢頃にしたいものです。この時の飼料摂取量低下は明らかにビタミンA欠乏によるものなので、1回目ほど悩まずにビタミンAを投与します。3回目(出荷直前)のビタミンAの補給を行うことで、牛の食欲が亢進し、枝肉の光沢・テリが出ることが期待できます。出荷前のストレス対策にも有効です。

次は肥育飼料給与のパターンについて考えます。俵牛型では濃厚飼料を生後18か月にピーク時期(約10kg)に設定し、以降は安定的に維持することが大切です。資質系の飼料給与体系では、ピークの時期が生後18か月〜20ヶ月齢とやや遅く、ピーク時の給与量も10kg以下と少ない傾向にあります。増体系では、ピークの時期が1418か月と早くなる傾向にあり、ピーク時の給与量も10kg以上と多いのが特徴です。

肥育前期(素牛導入から12ヶ月齢末)の飼い方です。この時期の飼養管理の仕方で、肉牛と飼い主の力関係が決まります。素牛導入時の処置としては、導入した素牛の体重測定、健康確認、耳標確認、鼻環装着、ビタミン剤・イベルメクチン系薬剤の投与、ワクチンの接種を済ませます。また、飼い直しを行います。飼い直しとは、尾枕がついた過肥の素牛や粗飼料の食べ具合が悪い素牛等を直すことです。この期間はあまり長くは取れないため、2か月間を標準とします。粗飼料は去勢で5kg、雌で4kg食べるように工夫します。一種類の粗飼料では食べきれないため、23種類に増やします。粗飼料は飼槽の前に置いただけでは絶対に食べません。一日に3回以上に分けて、食べる分だけ与えます。常に新鮮なものを与えてください。粗飼料はカットした方がよく食べます。飼い直し期間が終わったら濃厚飼料の増給を優先します。増給の時期は、牛が飼槽を舐める時期が一般的です。また発育が悪く、素牛の段階で肩甲骨の後ろが落ち込んでいる牛や前脚がX脚または腹が出来ていない牛は虚弱牛と判断します。虚弱牛を矯正するために、たんぱく質(大豆粕)や粗飼料、カルシウムを利用します。私自身が定期巡回しているほとんどの農場では、導入した元牛に3か月から半年間の間、大豆粕を給与することに取り組んでもらっています。どの農場でも前期の飼料摂取量が増加するので、体重が増えその結果俵牛が増加しています。虚弱牛に限らず効果があります。

肥育中期は、生後13ヶ月から22ヶ月齢としました。13ヶ月齢からは、いよいよ濃厚飼料の摂取量を上げる時期です。13ヶ月齢からは基本的にビタミンAが添加されていない濃厚飼料を給与します。粗飼料はこの時期から減らします。この時期からは、濃厚飼料の増給を優先させます。粗飼料は濃厚飼料を安定的に食べさせるための道具と考えます。食い止まりについてもう少し詳しく述べたいと思います。食い止まりの原因は下記の点が挙げられます。@その肉牛の血統などの資質・能力よるもの。A牛の体作り・第一胃作りが不十分であること。BビタミンA欠乏による食い止まりによるもの。Cルーメン発酵の異常によるものD尿石、鼓脹症等の疾病による食い止まりによるもの。E飼料・粗飼料等の品質が悪いこと。F環境(水、換気、舎内温度)によるものがあります。では食い止まり対策の有効な小枝についてです。一つは半日飼料切りです。生後18ヶ月〜20ヶ月頃に、濃厚飼料を残すようになると、予め決めた曜日に半日飼料切りを行います。すると、半日飼料切りを実施した次の日から飼料をよく食べるようになります。そして、また次の決めた曜日になったら、飼料を食べていても半日飼料切りを行います。そのことで、飼料の摂取量が安定します。この理由は、半日飼料切りで粗飼料をたくさん食べて水をよく飲むので異常になったルーメン発酵が正常な発酵の状態になるためと考えられます。生菌剤や発酵調整剤を与えるよりも効果が高く、経費も節約できます。半日飼料切りは一週間に一回実施するのが基本ですが、曜日を決めて、20か月齢以降の牛房全て実施することが基本です。牛房ごとにバラバラに実施した場合は効果が薄くなるようです。飼料をよく食べていても実施することが肝要です。

半日飼料切りの次に評判が良かったのはウルソの利用でした。ウルソは胆汁酸の一種です。食い止まりが発生した時にウルソを与えると食い止まりが次第に改善されたという報告がたくさんあります。ウルソの利用方法は、以下のいずれかの方法で行っています。肉牛では、@5%ウルソ5gを飼料に混合して食い止まりが解消するまで投与します。(2週間が目安)A5%ウルソ50gを肉牛に3日間、飼料に混合して投与します。B10%ウルソ25gを飼料に混合して、3日間、投与します。また子牛に対してウルソは子牛の下痢対策に使用されています。胆汁酸と消化酵素の分泌促進効果によるものと考えられます。ウルソの作用は下記の通りです。@利胆作用、胆汁の流れを良くします。胆嚢から胆汁酸を押し出します。A肝血流増加作用があります。B肝臓を修復します。肝臓が障害を受けているとき胆汁酸が肝臓の細胞を溶かします。ウルソを投与すると、界面活性作用が弱いウルソに置き換わり(置換作用)、その結果、肝臓の細胞が溶かされにくくなり、肝臓の修復作用が進みます。Cリパーゼ活性促進作用(脂肪の分解酵素の分泌を促進します)。D胃膵液分泌促進作用(蛋白質の分解酵素の促進します)。E肝グリコーゲン蓄積作用等。F解毒分解亢進作用(毒素を分解する)等の作用があります。

飼槽の管理も大切です。飼料を掃き寄せることで常に新しい飼料を給与していることと同じ効果が得られます。飼槽に古い飼料がこびりついている場合は、飼料の継ぎ足しと同じになってしまう点に注意する必要があります。その他にはゼオライト等の利用も行われています。残った飼料を掃き寄せて、2つの山を作り、その上にゼオライトをふりかけるのが最も効果的なようです。長ワラ(切ワラ)等の形状の異なる粗飼料の利用も一つの方法です。食い止まりが発生した際、切ワラを給与している場合は、長ワラを給与すると、目先が変わり牛のルーメンの状態も改善されるため、効果が発揮されます。反対に、長ワラに対して切ワラを給与する場合も同じです。嗜好性が良い原料の追加(とうもろこし、大麦等)は、食い止まり対策と飼料費の節約にもなります。しかし、手間が余分にかかりますし、場合によっては、カロリーが多くなるので厚脂等の原因にもなるため注意が必要です。また生菌剤を使用する場合は、自分の農場に合うかどうかを常に確認する必要があります。腸内細菌叢の乱れが激しい場合には、2種類の生菌剤を使用した方が良いようです。

和牛の場合、仕上げ期は生後23ヶ月齢から出荷までとしました。いよいよ総仕上げの時期です。和牛の出荷前(生後26.9ヶ月齢以降)は、ビタミンAのコントロールよりも、飼料摂取量の低下防止対策を優先すべきです。いろいろなビタミンAの補充方法はありますが、成績が良かった例では、飼料摂取量を落としていないことです。したがって、牛の反応(飼料の食べ具合、反芻の程度、牛が寝ているか、糞の状態)を見ながら、様々な小枝を駆使して、飼料の摂取量を低下させないで出荷することです。

次に飼料の役割について述べたいと思います。粗飼料・稲わらの役割として以下のことが挙げられます。@胃作りを行うための(ルーメン壁への)刺激物質となる。Aルーメン発酵のための調整剤として考えられ、粗飼料の価値やルーメン発酵での効果的な働きが忘れがちになってしまいます。多くの肉牛生産者は、胃作りの時期が終わると、稲わらを積極的に食べさせようとする飼養管理を軽視しがちになります。稲わらの食べる量は、牛任せになり、稲わらの摂取量も少なくなります。その結果、ルーメンアシドーシスや肝臓障害、食い止まりや突然死が発生しやすくなるようです。肥育全期間を通じて、粗飼料・稲わらをしっかり食べた肉牛は枝肉成績が良いばかりではなく、瑕痂や突然死等の事故、肝膿瘍等の疾病も少ないようです。飼料は@穀物・デンプン、ANDF・繊維、B糖・蛋白質に分類されます。それぞれの原料は、ルーメンの中でVFAに変化します。@の穀物等はプロピオン酸に、AのNDF等は酢酸に、B糖・蛋白質は酪酸になります。プロピオン酸はエネルギー、赤肉になります。酢酸はアセチルCoA、脂肪酸、脂肪になります。稲わらはNDF量が多いので、酢酸を多く生成させ、脂肪になります。つまり、稲わらをしっかり食べさせることで脂肪の蓄積が進みます。ただし、そのためにはエネルギーを十分にとることが前提となります。出荷前の肉牛は体重が大きくなるので、どうしてもエネルギー不足になりがちです。その場合、酢酸がエネルギー供給のために使われます。したがって、肥育後期は、濃厚飼料と稲わらを十分に食べさせることが枝肉重量もサシも増加させる条件です。

次はモネンシンで育成された素牛への対処方法についてです。モネンシンには成長促進効果、抗コクシジウム効果が認められているが、和牛では、モネンシンの肉質の試験結果が思わしくなかったことと、和牛は稲わらをたくさん給与するので、モネンシンは和牛肥育には必要ないということで広まりませんでした。しかし、モネンシンを使用すると肥育しやすくなることから、和牛でも使用する農場が増加しました。モネンシンは飼料添加剤として、飼料工場で飼料中に30ppm添加されていますが、飼料工場では、有薬ラインでしか製造できないので、モネンシンの製造に苦労しています。モネンシンは、@成長促進効果、A抗コクシジウム効果、B鼓脹症予防効果、C肝膿瘍の減少効果、D粗飼料の節約効果等が期待できます。しかしルーメン細菌叢とルーメン発酵に大きな影響を与えます。素牛が移動時に大きなストレスが加わるので、腸内細菌叢が大きく攪乱され、下痢等が長引きます。したがって、モネンシンで育成された素牛を導入した際には、それなりの対策が必要になります。最も大事なことは、素牛を導入するにあたり牛房の石灰消毒等を行うことです。素牛は新しい環境で、大変はストレスを受けるので病原菌に遭遇すると感染しやすくなりますので、快適な環境作りを行い、ストレスを和らげることが大切です。

ビタミンAのコントロールについてもう少し詳しく説明したいと思います。最近の取り組みでは、ビタミンAのコントロールだけでは成績のバラツキが大きいので、飼料の摂取状況を示す総コレステロール値と健康状態を示す肝臓機能の検査結果と牛を併せて見て飼養管理の改善を行うことが、確実に肉質成績を向上させることが分かってきました。大事なことは以下の項目です。@すべての和牛は、一度はビタミンA濃度を去勢で30単位前後(雌はその半分の15単位前後)まで下げることです。AビタミンAの補給は、牛の個体差をみて判断することです。飼料摂取量が低下しないような飼養管理、ビタミンAの補給を行うことです。B1回目のビタミンAの補給(生後24ヶ月齢頃が多い)は、牛を十分に観察して判断することです。瞳孔反射速度も、夜、定期的に測定します。簡易的に血中ビタミンA濃度を推定する方法としての、動向反射速度測定方法は以下の通りです。ただし、飼料摂取量、牛の様子を総合的にみて判断してください。@暗くなってから牛舎内で行います。(牛が寝る前) A牛舎の明かりは点けません。B牛を興奮させないように、対象の牛に近づきます。 C対象の牛の眼に懐中電灯をあて、スイッチを点けます。 D散大している瞳孔が収縮するまでの秒数を測定します。E測定した秒数を換算表を用い、血中ビタミンA濃度を推定します。この検査の欠点は、牛は完全に瞳孔を閉じないので、どこで閉じたのか判断しにくいことです。楕円形のままで瞳孔の動きが止まった時を終点とします。要注意となる牛は、瞳孔反射速度が去勢で8(34.3単位)、牝で10(18単位)を目安にしています。

V章 繁殖・子牛育成

繁殖経営の基本

素牛高での繁殖経営におけるポイントは、@一年一産であること、A良い繁殖を増やすこと(子牛が高く売れる、子育てが上手、受胎率が高い)、B市場で、評価される子牛づくり(子牛の発育能力を最大限に引き出す)、C計画的に繁殖牛の更新をする。D新しい、良い繁殖牛をおこなうことが挙げられる。

また素牛高での子牛育成におけるポイントは、@子牛を絶対に殺さないこと、A下痢をさせない、風邪を引かせないこと、B子牛の体作りを徹底すること、C子牛の腹作りを行うこと、D日齢D.G.が高い子牛を育てること、E新しいことにチャレンジをすることが挙げられます。

一年一産のために

@観察回数を増やす。牛舎を明るくする。記録する。14回では、100%の発情発見率である。A頭数が多い農場は、発情発見器等(牛温恵、牛歩、ヒートマウンテンデテクター、テールペイント)を利用する。発情同期化、ホルモン剤の利用すること。B分娩前後の管理では、分娩時の事故防止:分娩の立ち会いや昼間分娩への挑戦(お産予定の3週間前から夜のみ、濃厚・粗飼料を給与する)をすること。そして発情発見や分娩の立会には、牛温恵や牛歩等のICT技術を活用することが挙げられる。

良い繁殖牛を増やすこと

良い繁殖牛とは、血統が良く、育種価が高い繁殖牛であること。受胎率が良い繁殖牛(11)であり、子育てが上手な繁殖牛であること。近親交配を避け、アウトクロス交配、サンドイッチ交配を行いながら次世代の種雄牛を計画的に選定する(ただし、遺伝病に注意する)

将来、俵牛になる素牛づくりを

将来、俵牛になる素牛は、「順調に発育した素牛」です。順調に発育した素牛とは、@子牛のとき、下痢をせず、風邪を引かなかった素牛。A順調な発育をした素牛(日齢D.G.は去勢で1.0から1.2、体高がある子牛)。B飼料をよく食べる素牛(素牛出荷時、胸囲と腹囲の差が30cm以上)です。

出生直後から3ヶ月未満までは、哺乳動物であるため、子豚やペットの子犬同じように大切に育てる必要があります。母牛と一緒の自然哺乳の際には、4週齢以降は、発育に必要な栄養が不足するので、早くから固形飼料に慣れさせる必要があり、母牛に増飼いが必要となります。また自然哺乳での制限哺乳をおこなうことで、母牛の繁殖機能回復促進効果も期待できます。また追加哺乳にも挑戦していただきたいと思います。牛は出生直後から3ヶ月齢未満までは哺乳動物であり、初乳をしっかりと飲ませて、母牛の泌乳量も把握します。次には追加哺乳に挑戦します。

人工哺育・早期離乳についての問題点は、脱脂粉乳が高騰しているので、ミルク代がかかることです。最近は、出生後、1ヶ月程度はミルクを十分に与え、早めに人工乳に切り替える「ステップダウン(段階減量)ミルク給餌法」に取り組む農場も増えています。

子牛の発育、体高が伸びる時期は、雌雄ともに出生後4ヶ月まで月々5.17.8kgの体重増加が認められます。4ヶ月以降の月々の体重増加は14kg程度で推移します。そして哺乳子牛は、広い空間で飼うことが大切です。適度な運動により、子牛は食欲を増進させ、代謝が活発になります。また人工乳と乾草は、代用乳が1kgになってから与えます。慣れさせるのが大事です。また、過食にならないように注意します。7.3ヶ月齢から5ヶ月齢末までは、体づくり、胃づくりの時期であり、育成飼料をしっかり食べさせます。生後6ヶ月齢から12ヶ月齢では、良質粗飼料を給餌します。

肥育農家を儲けさせる素牛はどのような牛でしょうか。それは、日齢D.Gが高い素牛です。去勢の日齢D.G1.21.3のグループの枝肉成績が最も優れていました。牝は1.11.2のグループが最も高いBMSNo.を示しました。

質問事項

Q内面脂肪の乗り、なぜそこに乗れば栄養状態が良いとわかるのか?それは出荷直前の食いを表しているのですか?

A肥育全期間を通して餌の食いの良さをあらわしており、それは経験的なものとして示しています。

Q内面脂肪の乗りの見方をもう少し詳しく教えてください

A部分的にではなく、まんべんなく脂肪がのることが重要です。メスは内面脂肪が乗りにくいです。

Q安福久などはオレイン酸量が低いとされています。高くするにはどうしたらよいのですか?

A出荷前に米ぬかを給餌して上昇した例があります。

「同一農場における4頭の1週間での死亡(1ヶ月で6頭の異常)」

講演者:鹿児島県開業医 赤星隆雄

症例0:胎盤剥離。胎盤と同時に子牛が出てきて死亡。

症例1:足が出ていたが自力で分娩できず、滑車を用いて女性二人と牽引しました。心臓は動いていたがしばらくして死亡。

症例2:朝自然分娩し、昼過ぎ起立。その夜脱力して翌朝輸血中に死亡しました。白血球数は1000、リンパ球は高かったのでウイルス感染かと疑ったが、早産の子牛ではこのような値となるとの報告がありました。

症例3:早期胎盤剥離で子宮内死亡。引っ張り出した。羊水が気管に貯留していました。分娩中に吸引してしまった可能性があります。

症例4人工哺乳500mLを与えた30分後に突然死亡。鼻から気泡が出ていました。気管に入ったのかと疑い、切開すると血液が気管に入っており、また前大静脈に穴が開いていました。誤飲はなく、胃にミルクがありました。気管自体は正常であり、また腹腔内出血はありませんでした。横隔膜裂孔に出血があった。前日に親牛に蹴られたと報告を受けました。他でも同じような症例があると聞いています。

症例5:アカバネ様の前関節屈曲。

同農場で一週間のうちに症状は異なるが立て続けに子牛が死亡。一か月前にはほかの牛で異常産はありませんでした。それぞれ45kgの濃厚飼料と粗飼料を与えていましたが、濃厚飼料が多給で粗飼料が不足していたことにより、母牛が常時ルーメンアシドーシス起こしていたのではないかと考えられます。

◎「牛の鼻腔粘膜ワクチンの自然免疫に与える影響」

講演者:鹿児島大学 石川真悟

牛の鼻腔粘膜ワクチン(以下TSV2)が自然免疫を強化していると考えることができます。生後4週のホルスタイン種雄牛にTSV-2を投与し、投与直前、投与3日、7日、14日後に肺胞洗浄(BAL)を実施し、肺胞洗浄液(BALF)を回収した。遠心浮遊細胞収集装置を用い、形態観察を行い、BALF中細胞から密度勾配遠心法により免疫単核球を分離し、FACS Caliburを用いて表面抗原発現を解析しました。

結果は投与した個体すべてにおいて一時的にマクロファージが活性化し、リンパ球が肺胞内に浸潤しました。投与後37日で鼻腔においてIFNγを産生することから、IBRPI3だけでなく、様々な病原体に対して非特異的な防御能増強も期待できます。また局所分泌型IgA産生が誘導されることから、病原体の感染そのものを予防できます。

TSV-2の使用方法として、IBRPI3に対するワクチン、自然免疫を活性化させるPRRsアゴニスト薬、獲得免疫応答を利用した自然免疫活性化薬が考えられます。

Q普通の治療をしながら、二回目のTSV2の投与はしてよいのですか?

A自然免疫の底上げが可能になるのではと考えています。

QTSV-2一回目投与の牛に肺炎が出ました。消炎剤NSAIDSとの併用の問題はありますか?

A併用に関してはありません。ステロイド投与の時は効きません。

Q感染が生じてからでは遅いのではないですか?

A大量に好中球が生じていると問題があり、好中球はサイトカインに悪影響を与えます。

◎「黒毛和種仔牛腹部体表にみられたメラノサイトーマの一例」

講演者:鹿児島大学 本川裕介

黒毛和種5か月齢(雄)において、4か月齢から右腹部にふくらみがあるとの主訴がありました。来院時の所見は体温39.4℃、心拍64/分、呼吸数36/分で、活気食欲に異常ありませんでした。腫瘤は14×12×3.5cmの円盤状で可動性がありました。細胞診はうまく結果がでませんでした。超音波検査の結果では、血管の走行もない腫瘤であり、悪性ではないと考えられました。レントゲン検査では、特に転移はなく、CT検査でも体表にのみ限局された腫瘤であるとわかりました。そこで外科的手術を行い、キシラジン鎮静、全身麻酔下で、腫瘤を鈍性剥離しました。取り出した腫瘤の割面を開くと均一で、黒色やや光沢がありました。病理組織検査ではメラノサイトに由来する細胞が充実性に増殖しており、良性のメラノサイトーマという診断がなされました。牛のメラノサイトは、国外では二歳未満の若齢牛において良性のものが多く報告されていますが、国内の黒毛和種では報告数が少ないまれな疾患です。

◎「中手骨骨折のギブス固定について」

講演者:君付動物病院 君付忠和

分娩時に引っ張る人間がしりもちをついたことで子牛が両足を骨折してしまいました。分娩状況は胎子が大きくて産ませられないとのことでした。頭位上胎向にて胎子過大、母牛の骨盤が狭く、牽引にて足が滑り尻餅つき、やや斜め方向になってしまいました。出産するも両中手骨骨折していました。そこでギブス固定を行いました。固定後、レントゲンを撮影するとギブスで巻いた部分にかなり浮いた部分があることがわかりました。巻き方がよくありませんでした。ギブスを撒く際には、蹄先を少し開放すると足の向きがわかりやすいです。8日目もレントゲン撮影しましたが、浮いた部分が拡大し、骨折部位も大きくずれてしまいました。15日目では起立可能で元気でした。15日目の段階では問題がないと判断し、その後1ヶ月ギブスをそのままにしていました。術後一か月後ギブスを外すと、両足共に骨折部位が癒合しておらずプラプラしていました。43日目にプレート内固定術を行いました。右前肢内固定手術においてメスを入れるとひどく出血しました。ラグスクリューを仮骨が生じた部分に挿入するも、レントゲンを撮るとずれてしまっていました。急きょ木工用ステンレスビスを消毒し固定に用いました。後日テクニックの勉強会でラグスクリューはそのまま入れただけでは閉まらないことがわかりました。本来は挿入部分の骨折部位を大きめのタップを作り、反対の骨折部位には小さめのタップを作ることで骨折部位を密着することが可能であることが分かりました。ギブスの巻き方は、蹄部から肩部までしっかりと巻きしっかり固定する必要があります。手術部位から排膿が生じたため処置し、再度ラグスクリューにて固定を行いました。術後、化膿部の治療のためにギブスを観音開きにできるよう縦に切開し毎日治療を行った。治療はマイシリンを20日間ほど投薬しました。プレートの除去時、出血はあまりありませんでした。抗生物質を投与後縫合しました。中手骨の皮膚を縫合するのは困難でした。

反省点としては、中手骨の骨折では体重の1/3がかかるためしっかりと固定する必要がありました。ギブスが緩んだと思ったときは、すぐに巻きなおした方が良いと思われます。セルフタップスクリューは緩むことがないためおすすめです。ギブスを巻く際には足を吊るし、牛の自重で引くのが良いと思われます。横に倒して強引に引くとずれたりしやすいので注意が必要です。

別の中手骨骨折において、ギブス固定したがすぐ瘻管ができました。最初はぐらついていましたが、三回ほどギブスを変えて半年ほど経過すると、しっかり固定され歩行可能となりました。分娩の際に、産科バンドを用いると骨折しにくいが、産科ロープを用いると締め付けてしまい折れやすい可能性があります。

◎「全身投与されたオルビフロキサシンは気管支肺胞領域へ高濃度に移行する」

講演者:蔵前哲郎

子牛の肺炎の多くは肺胞性肺炎であることから、全身投与した抗菌薬が効果を発揮するためには効率的に気管支肺胞領域へ移行することが重要であす。しかし、全身投与された抗菌薬が気管支肺胞領域へ移行しているかについては不明な点が多くあります。本研究では、オルビフロキサシン(OBFX)の子牛の気管支肺胞領域への移行性を気管支肺胞洗浄(BAL)により得られる気管支肺胞洗浄液(BALF)を解析することにより明らかにしました。

臨床的に健康な2週齢のホルスタイン4頭を、それぞれ2回供試しました。子牛にOBFX (5 mg/kg B.W)を筋肉内、あるいはミルク混和下で経口投与し,その前後において血液およびBALFを採取しました。血液は、投与前、投与後に頸静脈から採取し、OBFX濃度、尿素濃度について測定しました。BALF検体は、投与前、投与後に採取し、液性成分と細胞とに分離した後に、OBFX濃度、尿素濃度についてそれぞれ測定しました。

結果は、肺炎の主要原因菌は、OBFXに感受性があり、筋肉内投与またはミルク混和経口投与においても長時間効果を発揮することがわかりました。

化膿性尿膜管遺残症

講演者:君付動物病院 君付忠和

一か月前より腹部を痛がり後肢で蹴る動作を繰り返していました。その際には膀胱付近を触ると嫌がっていましたが、腹部の腫れには気付きませんでした。餌はよく食べていました。超音波エコーで見ると腹腔の外側に化膿創が生じていました。手術は周囲を鈍性剥離し、臍帯の炎症部を露出しました。その後、臍帯の内側を切除し、尿膜管切除をおこないました。同時に肥厚した臍動脈遺残(膀胱円索)も切除しました。

急性腹症の中でも尿膜管遺残症による腹痛症状は長く続き、初期では急性腹症と判別が困難です。再発が続き、臍帯や下腹部に硬さが認められた際には、超音波検査をする必要があると思われます。