行動科学に基づいた獣医技術の整理:獣医行動科学の可能性

山本 浩通    やまもとアニマルクリニック

今までの獣医師の職場では先輩獣医師に付いて、見て、聞いて学んできました。ところが先輩獣医師によって、やり方が違ったり、診療所内でも、やり方、考え方が違うことが多くあります。同じように教えても新人によって習熟度が違うことも多くあります。

ビジネスの分野では行動科学という考え方があります。

他の人に仕事を教える時に「うまくやる」とか「きれいにする」とか「徹底する」とかでは、なかなか思うような効果が出ないのが現状です。

教える内容を知識と技術に分けて考えることが行動科学の第一歩です。

知識とは、聞かれたら答えられること。技術は、やろうとすればできることです。

ひとつの技術は多くの行動から成り立っています。まず、細かく行動を抜き出して行きます。

例えば帝王切開にしても、胎児の生存率が高く、手術後の受胎率が高く、術後の感染症がほとんどない帝王切開ができる高度な技術をもった獣医師の行動を細かく抜き出して、それを新人獣医師がコピーすることで成功率を高くすることができます。

例えば、「毛刈りし術部をきれいに消毒しドレイプを付ける」は行動科学ではより体的に表します。

毛長1mmのバリカンで幅10cm長さ20cmの範囲を毛刈りし(毛刈り部)、毛刈り範囲の外10cmの範囲まで洗浄用ブラシを使い石鹸で汚れを取る。その後水道水20リットルを使い石けん分を洗い流し、スプレーを使い2%イソジン液を術部全面に3回噴霧し30秒待つ。ペーパータオルを10枚使い毛刈り部周囲の水分を取る。毛刈り部周囲にドレイプ固定用の接着剤(G17コニシ(株))を線状に付け120cm×120cmのドレイプを固定する。

例えば帝王切開では農場に到着して禀告の質問は、何を聞き、何を判断したか。牛の診察準備のために道具は何を何個準備したか。診察の時、牛の保定はどのようにしたのか。どこの何をどのように診て、診断したのか。手術に入る前の保定、術前の準備(毛刈り、消毒、ドレイプ)、切開場所、長さ、筋層の切開の仕方、縫合の仕方、術後管理はなど。細かい行動にまで抜き出して、その行動をコピーすることで再現することができます。

行動を抜き出して、それを元にチェックリストをつくり、ピンポイント行動を選びます。

ピンポイント行動とは、一連の行動の中に潜む、「結果に直結している行動」のことをいいます。このピンポイント行動をチェックリストの中から特に重要だと思われるものを2〜3個絞り込みます。

例えば、帝王切開では

1.5分〜30分以内の、手術開始の判断。(母牛の産道損傷や汚染しないよう、子牛が衰弱しないよう。)

2.術式の的確な判断。(過大児、奇形児、腐敗胎児、起立不能時などの時に、立位か横臥位か、左か右か、切開場所、切開長はなど)

3.汚染を防ぐ対応。(清潔な術式、環境対策、座り込みなどのアクシデントへの対応)

こうして選んだピンポイント行動を、具体的な行動に落とし込んで誰が読んでも必ずその行動を再現できるような表現にします。

今のところ、帝王切開、第4胃手術、尿石症の手術、子宮捻転、子宮洗浄、胃洗浄、死にそうな子牛の静脈確保、動脈注射、卵巣実質内注射、新生子牛の蘇生術、ヘルニア手術、膣脱整復などを行っています。

行動科学の利用範囲

新人がうまく診療出来ない時、知識がないのか、知識が不足なのか、知識はあるが技術が未熟なのでできないのか。技術も、どの部分が未熟なのか。優秀な獣医師の行動と比較して「できていること」「やっていないこと」「できているがやり方が未熟なこと」「できるのにやらないこと」の区別をすることで、出来ない理由を整理することができます。

上司は、そのできない部分に焦点を当てて指導することで、より具体的に効果的に指導できます。

NOSAIの診療所では、中途採用が時々あります。他の診療所で数年間経験を積んでいるから、全部任せて大丈夫だろうと思っていると、実際は細かいところでやり方や考え方が違っていることは頻繁に起きています。人によって技術と知識の習得状況が違い、それが診療の質の低下と農家からのクレームにつながっています。他から移動してきた人、経験を積んでいる人ほど入念なチェックが必要です。

診療所内でもベテランと言われる獣医師も、得意な分野と不得意な分野は誰でもあり、人によって知識と技術にバラツキがあります。診療所内の獣医師で質の高い診療かどうかの確認にも使えます。

上司の役割は「当然できる(知っている)はず」は禁物です。いくらなんでもこれくらいは知っているだろう、こんなことはできて当然だなどの上司の思い込みが部下や後輩の成長にブレーキをかけています。優秀な獣医師の行動と比較して、「できていること」「やっていないこと」「できているが、やり方が未熟なこと」の割り出しをします。

診療所で当たり前に使っている言葉ほど、行動の分析と具体的な表現への置き換えが必要です。例えば「しっかりと消毒する」「きれいな白衣を着る」「長靴をきれいに洗う」「農家への説明を充分にする」などです。
診療車の薬や道具の置き方は、各自が考えて置いていますが、診療でどんな行動をするかを考えると、ある程度の配置が共通することだと思います。注射器を取り、針を付け、薬を注射器に入れ、空のアンプルやビンはゴミ箱に入れる。運転席から降りて診療を終わって車に乗り込むまでの作業動線、雨の時の作業動線。この行動の時に、時間を短く、手数を少なくするには、何をどこに配置することがいいのかを考えるのも行動科学です。

また他のことにも使えます。自分で決めたことが、なかなかできない。3日坊主で終わる。目標を作っても、途中で挫折する。農家に受けのいい話ができない。農場内で従業員のモティベーションを上げられない。獣医の勉強が続かない、獣医関係の情報をまとめられないなど。

これらを解決するためには、どんな行動をすればいいのかにも行動科学は使えます。

まだ始めたばかりで、これから充実させなければいけませんが、多くの獣医師がかかわることでより充実したものができると思います。

連絡先:kagryt5297wexvbtvm.ne.jp

畜ガールズ(産業動物に興味のある女性の会)始動!

上松 瑞穂 みやざき農業共済組合 家畜診療部

私が就職した18年前は産業動物関係の求人には[男性のみ]との明記があった。当時の私は、男のように働くことを求められていると思っていたし、女だから出来ない(新人だからできない、ではない)と言われないように、身寄りも知り合いも居ない未知の地(宮崎)で本当に必死に働いていたと思う。張り詰めていたと言ってもいいかもしれない。だから、全国のどこかで孤独にやっている産業動物女性獣医師がいたとしたら力になってあげたいと心底思う。志高く、産業動物獣医師を目指してくれた同胞にエールを送りたいし、同胞たちが心も体も元気であれば、きっと動物たちの命を救う仕事をしてくれるとも思う。

時代は変わり、共働き夫婦が増加したり、政府の政策転換で女性活躍推進法の時限立法があったりと働く女性の在り方は変化しようとしている。宮崎県内で産業動物関連の獣医師にアンケート調査を行ったところ、配偶者ありの女性は、配偶者なしと比較して家事育児にかかる平均時間が大幅に増加し、1日当たり平均276分であったのに比較して、配偶者あり男性の同時間は、配偶者なし男性と同様で平均75分程度であった。また、ライフワークバランスの取れた生活ができているかとの問いに対してはYesと答えた女性が57.1%であったのに対して男性は81.5%と高かった。私を含め、産業動物女性獣医師であっても一般的な社会で働く女性と同様で、仕事を男性と同様にやり、家庭に帰れば家事や育児に追われ、自分の時間を持ちたいのであれば睡眠を削るというのが最も手っ取り早い方法になるのではないだろうか。長時間労働を支えたのは、配偶者を得た男性の場合、家事や育児を一手に引き受けた女性の力(内助の功)があったればこそだったのではないかと思う。

 私は女の子に恵まれた。自分のためであれば、立ち上がらなかったかもしれない。できれば目立たず、当たり障りなく生きていたかった。しかし、彼女たちが社会に出るときに、今よりも少しでもましな社会にしていたい。自分の手の届く範囲だけでも。そんな風に自分を変えることならば誰でもできるのではないだろうか。世の中や社会構造を変えるのではなく、自分の考え方を前向きに変えることはできる、できない、ではなくてやるか、やらないか、だけだ。前向き思考の連鎖が、知らないうちに世の中や社会構造を変えていくのだと思う。

獣医療発展のために互いを尊重しあう男女が始めた産業動物に興味のある女性の会(畜ガールズ)にご期待を!

尿膜管遺残と思しき一例への処置とその経過

水田 啓介 東松浦農業共済組合

私が大学を卒業し、産業動物の臨床獣医師として勤務するようになってからはや5年が経ちます。月日は経ちましたが、今なお諸先輩方から教わることは多く、自己の技術に還元しようと奮闘する日々です。その間様々な経験をしてきましたが、特に多くを学べた一例をご紹介します。

症例:約70日齢の黒毛和種の雄の臍が腫れているとの稟告で往診。臍部に軽度の炎症と直径3pの薄褐色の漿液の入った嚢胞を確認。穿刺し漿液を抜くも、翌日には再貯留しており、尿膜管の遺残を疑う。エコー診で異常所見は見られなかったが、手技の未熟さ故として開腹手術を決断。開腹するも腹腔内に尿膜管は残存しておらず、臍部に極小の開口部と嚢状の構造物のみを確認。嚢を切除し閉腹する。術後の給餌量は三週間かけて通常量まで戻すように指導する。

手術より約1カ月後、再び臍が腫れ始めたとの報を受ける。前回の術部が皮下で開放し、腸管とヘルニア輪を触知。腹壁ヘルニアと診断し、非吸収糸により作成したヘルニアネットを用い、再手術する。

二度目の手術から約一週間後、糞便が硬化し始め、疝痛を伴う第四胃食滞・拡張症となる。その後、泥状便を多量に排泄し快方に向かう。

反省点:エコー診の技術・準備不足

      エコー前に絶食させる指示ができていなかった。

      正常像を正常と自信を持って診断できなかった。

     術後管理

      術部が開放しないような給餌管理

      術後の抗菌薬の選択 (腹膜炎・通過障害対策)

今回は私の判断ミス等により二度の本来必要でない手術を行うことになってしまいました。最終的には305日齢で263sとまずまずの増体となりましたが、本来ならば更なる利益が見込めていたと思うと口惜しい限りです。

諸先生方の臍帯炎・尿膜管遺残の手術へ踏み切る判断基準、術後管理時の抗菌薬や鎮痛・鎮痙剤の使い方など、様々なご意見・アドバイス等をお聞かせ頂けたらと思います。

膿瘍形成をともなう尿膜管遺残症の多発

岩村 智美 北薩農業共済組合

はじめに

 尿膜管遺残は、出生時の臍帯の断裂直後に急速に閉塞して膀胱円索になるはずの尿膜管が残存することによって起こります。子牛では、尿膜管遺残の先天的要因の発生は稀であり、出生後の臍帯遺残構造の感染が原因で尿膜管の閉鎖遅延や不完全閉鎖が生じると言われています。尿膜管遺残は処置が遅延すると、尿膜管膿瘍、膀胱炎、化膿性腎炎など上行感染が進行する危険性があり、早期の摘出が必要とされています。

症例と経過

母牛200頭規模の黒毛和種繁殖農場において、201511月から20165月までに7例(症例No.17)の尿膜管膿瘍が発生しました。症例No.15では排尿の異常(白濁尿等)や臍の異常(腫脹等)より、症例No.6および7では腹腔内に腫瘤が触知されたことより、尿膜管膿瘍を疑い、超音波画像検査により確定診断しました。

確定診断後は摘出手術当日まで抗生剤を投与しました(514日間)。症例No.1は臍帯炎、症例No.3は関節炎および臍静脈遺残を併発していました。症例No.4では抗生剤の投与(9日間:マイシリンim)により膿瘍の消失が見られたため、摘出手術を行いませんでした。症例No.7では抗生剤投与期間中に状態が悪化したため緊急に摘出手術を行ったところ、腸管への癒着を認めました。症例No.6は臍静脈膿瘍を併発していました。また、症例No.1および3では術後に腹壁ヘルニアを発症し、症例No.3は現在も治療中です。

対策

201511月以降多発したことから、その前後における管理の変更点を聞き取り調査しました。その結果、外気温の低下による分娩舎の換気の減少および消毒回数が減少したことが明らかとなりました。また、以前より生後直後の臍の消毒はしていませんでした。子牛に関しては、呼吸器病が多発する傾向にあること、体格がやや小さい傾向にあることより全体的な免疫力不足も考えられました。現在、対策として、子牛には生後3日以内の鉄剤・ビタミン剤の投与、および臍の消毒、分娩舎では消毒の強化(細霧消毒)を行っています。また、今後、母牛および子牛の代謝プロファイル調査を行う予定です。

さいごに

今回の尿膜管膿瘍の多発に際して最小限の対策は提案しましたが、果たして効果が出るのか、他に何か考えられる要因はあるのか。また、手術は早期に行った方がいいのか、抗生剤による治療を試みてからでも良いのか。術後に腹壁ヘルニアを発症した場合の治療方法等まだまだ手探りなところが多く、様々なご意見、アドバイス等をお聞かせ頂けたらと思います。

重度貧血を呈したピロプラズマ症の2症例

立川 文雄 ゆふいん動物病院

我が国の牛にピロプラズマ原虫が赤血球に寄生していることを報告したのが1905年で、多くの研究者が携わってきた。現在、発生件数は激減し病名、病状とも忘れられつつあるが、今回2症例の重度貧血を呈したピロプラズマ症に遭遇したので報告する。

症例112歳の雌、39.0°Cの発熱、食欲なく、可視粘膜貧血し水様下痢便で血色素尿はみられなかった。血液塗沫、タイレリア、バベシアで混合感染であった。放牧地では鹿の侵入がありフタトゲチマダニも確認した。

治療経過:第1病日から第3病日まで一日1回ジミナゼン・ジアセチュレート1g/head投与し第2病日より食欲がみられ始めたが、第5病日には貧血が進み同日輸血500mL投与し、第9病日には赤血球数164×104、血球容積12.9%、平均血球容積78.7fl、多染性赤血球14.6‰、網状赤血球25.8‰ともに増加した。網状赤血球は輸血4日目に上昇した。

症例210歳の雌、39.0°Cの発熱、食欲なく可視粘膜淡貧血、血液塗沫、タイレリア原虫の寄生であった。放牧地では鹿の侵入がありフタトゲチマダニを確認した。

治療経過:第1病日から第4病日まで一日1回ジミナゼン・ジアセチュレート1g/head投与した。原虫寄生率、血球容積変化なく第6病日臨床症状も改善せず同日アクリフラビン1%溶液を50mL静脈投与した。7病日赤血球数133×104、血球容積12.9%、食欲も現れ貧血も改善傾向に向かった。原虫の形態第1病日から第6病日までは変化なかった。1年後分娩前に牛ヘモプラズマを確認した。

今回、2症例の貧血で原虫の数や赤血球数よりも宿主側の血球容積、平均赤血球容積、網状赤血球の消長は病状把握に重要だった。症例2では牛ヘモプラズマも確認されたことにより貧血の一つの要因なのかもしれない。現在ピロプラズマ症の発生が激減し軽視されつつありピロプラズマ原虫汚染放牧地が発生する可能性がある。また、地球温暖化により環境が変化し野生動物等が増加することにより、ピロプラズマ原虫の汚染地域からの運び屋となる可能性が示唆される。

1肥育農場における鼻腔粘膜ワクチン使用による血中抗体価の推移

○林  淳、高橋喜博、日高華奈子みやざき農業共済組合 家畜診療部、みやざき農業共済組合 中部診療所

[背景]

牛呼吸器病症候群(BRDCBovine Respiratory Disease Complex)は、牛の輸送や飼養環境の変化、ストレス等により生体の免疫状態が低下したところに病原微生物が感染し発症する。BRDCは、死亡・廃用に結びつくこともあり、農場経営に与える影響は甚大である。BRDCを予防するために様々な方法が実施されているが、なかでもワクチネーションは広く取り入れられている方法である。また、一昨年より鼻腔粘膜ワクチン(TSV2)も発売され現場での使用が拡大している。既存のワクチネーションにTSV2を加えたプログラムが実施されているが、TSV2使用後の各種抗体価についての報告例はない。今回、既存のワクチネーション実施後にTSV2を投与した際の抗体価の推移について知見を得たのでその概要を報告する。

[材料と方法]

20151013日、14日に宮崎県宮崎市の1肥育農場に導入された“京都微研”牛5種混合生ワクチン、イバラキ病ワクチンおよび“京都微研”牛ヘモフィスルワクチン-C(購入時に2回目接種)接種済みの牛群16頭中10頭を無作為に抽出し、導入日にTSV2を接種した5頭を投与群に、未接種の5頭を対照群とし試験に供した。また、10頭全頭についてTSV2投与時、投与後8日および18日の3回頸静脈より採血し、各血清について牛伝染性鼻気管炎ウイルス(BHV-1)、牛ウイルス性下痢ウイルス1型(BVDV-1)、牛ウイルス性下痢ウイルス2型(BVDV-2)、 RSウイルス(BRSV)、牛パラインフルエンザ3型ウイルス(PI3V)、牛アデノウイルス7型(ADV7)およびヒストフィルス・ソムニ(Hs)に対する抗体価を測定した。さらに、牛群状態の聞き取りを行い導入時から約半年後までの呼吸器病治療歴の調査を行った。

[結果]

抗体価測定の結果、BHV-1は投与群が5頭中3頭上昇し、対照群では5頭中1頭のみの上昇であった。BRSVは投与群でやや高く推移した。BVDV-1およびBVDV-2は、投与群ではわずかながら上昇する傾向が認められ、対照群ではわずかながら減少する傾向が認められた。AD7抗体価は、投与群および対照群ともに経時的な減少傾向を認めた。なおPI3Vは自然感染が疑われた。Hsは、導入時にワクチンの2回接種が完了しており投与群、対照群ともに上昇を認めた。いずれの抗体価においても投与群と対照群では有意な差は確認されなかった。また両群ともに治療を必要とする呼吸器病は確認されなかった。

[考察]

 経鼻粘膜ワクチン(TSV2ワクチン)は、投与後18日間は投与群の抗体価の変動に影響を及ぼさないことが確認された。一方、飼育管理者から調査期間中の投与群呼吸器症状の確認回数が対照群と比べて少なく、食欲低下期間も投与群が少なかったとの報告もあったことから、血中抗体価に影響を及ぼさないTSV2の効果があることが推測された。今後は、生体での局所免疫の調査と長期間における臨床スコアを用いた比較試験が必要である。


ウシの呼吸器粘膜における免疫動態の解明と臨床応用へ向けた戦略

○石川真悟、堀之内千恵、1林 淳、1藏前哲郎、帆保誠二鹿児島大学共同獣医学部臨床獣医学講座、山口大学大学院連合獣医学研究科

                     

【背景】

生体は体の外表面を覆っている皮膚のみならず、内側を覆っている粘膜を介して外界と接している。粘膜は多くの病原体の感染門戸となっており、粘膜面における防御システムは非常に重要である。子牛の肺炎の多くは肺胞性肺炎であるため、肺胞内に侵入した病原体を排除するために呼吸器粘膜に存在する免疫細胞が重要な役割を果たしていると考えられるが、ウシにおいては呼吸器粘膜における免疫動態はほとんど明らかとなっていない。

【研究成果】

気管支肺胞洗浄(BAL)により回収した気管支肺胞洗浄液(BALF)中の免疫細胞について様々な解析を行った。以下考察を示す。

1. 健常なウシの呼吸器では体の中に存在するマクロファージとは異なる特徴を有した肺胞マクロファージがほぼ100%を占めており、少量の異物(病原体)ならば肺胞マクロファージが処理する

2. 異物の侵入が多くなってくると、肺胞マクロファージが活性化し周りの組織から活性化したTリンパ球を呼び寄せる

3. 肺胞マクロファージ、リンパ球での処理が追いつかなくなってくると、血液中の好中球やリンパ球が浸潤してくる

4. それでも処理しきれないと、肺胞マクロファージの割合が低下し好中球が優位となる。すると組織の線維化が起こる

5. 最終的に肺線維症へと移行し、血液中から肺胞への免疫細胞の供給が低下し慢性感染となるとともに、肺コンプライアンスおよびガス交感能が低下するため、予後不良となる

【臨床応用に向けて】

上記の結果から、呼吸器感染症の予防・治療のためには、肺胞マクロファージによる自然免疫を向上させることが重要だと考えられる。我々は自然免疫を活性化させる因子としてTSV2に着目し投与試験を行ったところ、TSV2には一過性に肺胞内における自然免疫を向上させる作用があることが示唆された。また、免疫賦活剤を肺炎子牛に投与したところ、血中Tリンパ球の割合が増加しDGが回復した。以上から、呼吸器感染症に対する治療戦略として、TSV2と免疫賦活剤に注目し、更なる研究を進めている。

また、臨床現場において「肺炎をどこまで治療するか」といった予後判定は重要であると考えられる。CTにより肺線維症と判断され、その後死亡、または病理解剖を行った症例では、BALF中において細胞数の低下が認められ、末梢血中においてリンパ球以外に白血球数が増加していた。以上から、リンパ球以外の白血球数の割合の増加が、肺炎の予後判定の一つの指標となることが考えられた。

2%リドカイン注射液を用いた黒毛和種牛の腰椎分節硬膜外麻酔に関する検討

○日高勇一、大塚晋也、都築 直、1北原 豪、2鳥巣至道

宮崎大学農学部獣医学科獣医外科学研究室、

1宮崎大学農学部獣医学科産業動物臨床繁殖学研究室、

2宮崎大学農学部附属動物病院研究室

                     

【背景】

牛の腰椎分節硬膜外麻酔(SEA)は、立位開腹手術の際によく使用される麻酔法である。しかし、その適応や報告はホルスタイン種に対するものが多い。牛の腰椎SEAに使用される薬剤に関して、キシラジンとリドカインの併用、あるいはプロカイン単独使用の報告がある。これらの報告はいずれも成牛を対象としており、育成中の牛への臨床応用に関する報告は見当たらない。

今回、2%リドカイン注射液のみを用いて、体重124 kgから500 kgの黒毛和種牛に腰椎SEAを施し、特にその投与量と鎮痛効果について臨床的検討を行った。

【材料と方法】

対象は立位腹腔鏡手術および立位開腹手術が必要であった黒毛和種牛21頭(平均体重267kg)であった。疾患の内訳は、潜在精巣15例、卵巣腫瘍3例、半陰陽1例、ミイラ胎児1例、創傷性第二胃炎1例であった。

硬膜外針は18G80 mm)または16G120 mm)を使用した。硬膜外針の刺入部位は第一腰椎と第二腰椎間とし、全例ともハンギングドロップ法により硬膜外到達を判定した。2%リドカイン注射液の投与量は文献を参考に0.4 mg/kgとした。SEA後、5分間隔で注射針の刺激により鎮痛効果を判定した。なお、21例中16例は、他の検査の目的でキシラジンが投与されていたため、拮抗薬投与による覚醒の後にSEAを行った。

【結果】

硬膜外針の刺入位置の確認の為、3例においてX線撮影を行った。結果、3例ともに第一腰椎と第二腰椎間に針の刺入が確認された。リドカイン注射液の投与量は、4 ml 13 ml(平均約5 ml)であった。鎮痛効果発現時間は投与後5分から15分程度であった。しかし、体重1 kgあたりの投与量がほぼ同量であっても、鎮痛効果には症例間で差が認められた。

【考察】

今回行った2%リドカイン注射液による腰椎SEAでは、その投与量は十分と思われたが、鎮痛効果に個体差が見られた。その理由は未だ不明であるが、硬膜外に分布する脂肪組織量が影響しているのかもしれない。今後、黒毛和種牛に対する2%リドカイン注射液を用いた腰椎SEAの有用性を高めるためには、硬膜外針の刺入深度についても検討していく必要がある。

福岡県下乳牛群における分娩後30日以内の死廃率と生産性および繁殖性との関連性

後藤 聡 ふくおか県酪農業協同組合 久留米地区乳牛診療人工授精所 

要旨

近年の酪農業の発展により、飼養頭数の増加、生産性向上など酪農経営は集約的かつ大規模になってきた。一方で乳牛一頭当たりの収益は減少、消費者ニーズの高まりから生産者は高品質で安全な生乳生産と生産コストの低減化を図らなければならない状況下にある。その結果、生産者は経済的・生態的にも生き残りのための経営支援を必要としている。

生産者に対する経営支援の中で、獣医師による臨床的な診断・治療は終点ではなく、生産性に障害を与えている危険因子を探索する出発点にすべきであり、健康管理についてみると、現在では宿主と病因の簡単な関係ではなく、宿主-病因-環境の複雑な相互作用の一部であると認識されている。その為、適切な予防手段を講じるには有害な病因と宿主との相互作用だけでなく、宿主と管理法または環境条件を含む病因との相互作用を考慮に入れなければならない。その結果、酪農生産性に対する地域特性の影響を定期的に予測可能な方法で最小限に抑える有効で反復可能な手順と戦略を構築することが、現在の酪農業に最も必要な経営支援策の一つであると考えられる。

生産性を低下させる要因として疾病の増加が挙げられ、これらは繁殖性にも負の影響を与えると考えられている。群管理における疾病発生の制御は個体の診療を行うのではなく、予防的な措置をとることで群全体の疾病罹患率を減少させ、生産性を向上させることが目標となる。また、多くの疾病が分娩後30日以内に発生する周産期疾病のため周産期疾病を制御することが、生産性を維持および向上することにつながると考えられる。現在の酪農業における管理の成功は、生産管理記録とそこから引き出すことができる情報に依存している。得られた情報を利用することで、生産者は農場管理上の問題を整理することが可能となる。記録がある農場の場合、臨床獣医師や酪農支援者は、農場内情報を客観的な農場の状況把握に利活用して、改善策を説明することで、酪農経営の意思決定に中心的役割を果たす事ができる。

現在、福岡県下酪農場において、生産・疾病および繁殖情報など農場管理上必要とされる情報は統合整理がなされておらず農場内情報の客観的把握、問題抽出と解決が困難な状況下にあるのが現状である。そこで本研究は、酪農経営における生産性向上のために、生産現場のデータを収集・分析し、生産性の改善や疾病の減少のための知見を得ること、そしてその知識を現場の生産者やその支援者へ普及すること、特に分娩後初期の疾病発症率は乾乳期飼養管理の指標とされる事から、生産者へ乾乳期飼養管理の重要性を伝える事を目的とし、分娩後30日以内死廃率の高い農場は、生産性および繁殖性が低いという仮説を立て、横断研究によりその検証を行った。

農業協同組合よりバルク乳および生産者情報、農業共済組合より個体疾病情報、更に牛群検定組合より生産情報を収集し各種情報を統合してデータベースを作成、そのデータを用いて疫学的分析を行った。データベースから20124月〜20133月までの期間中、県下274農場中、すべての組合に加入する179農場を分析対象とした。対象農場の経産牛頭数 42.9±26.3(平均±標準偏差)、経産牛乳量27.1±3.9 kg/日、バルク体細胞数20.5±5.6/mlであった。さらに、年間総病傷数では繁殖疾病が最も多く、次いで泌乳器疾病、周産期疾病。分娩後30日以内病傷数では周産期疾病が最も多く、次いで代謝疾病、泌乳器疾病。分娩後30日以内死廃病傷数では周産期疾病が最も多く、次いで運動器疾病、泌乳器疾病であった。分娩後30日以内死廃率と生産性および繁殖性との関連性については、独立変数には年間分娩頭数に対する分娩後30日以内死廃率を四分位で分類、4(<1.23%, 1.23-3.70%, 3.71-6.66%, >6.66%)とし、従属変数には生産性変数に個体乳量、バルク体細胞数、繁殖性変数に牛群総頭数に対する授精実施割合、授精実施頭数に対する受胎確認割合、空胎日数とした。調整変数に飼養形態、頭数規模、個体乳量、バルク乳中体細胞数、農場地区、産次、病傷率の7変数を加え、それらの関連性を一般化線形モデルで解析した。分娩後30日以内死廃率<1.23を基準とした場合、空胎日数は他群で20日以上増加(P<0.05)、死廃率増加に伴い有意に空胎日数が延長する傾向を示した(P<0.001)。他の従属変数において関連は認めらなかった。

本研究の成果は、疫学分析を行った対象牛群の特徴、更に生産・疾病・繁殖の現状を提示することを可能とした。更に、福岡県下では分娩直後の死廃率の高い農場は繁殖性が低いことを示し、乾乳期飼養管理の改善など周産期死廃率低減が繁殖性を高める可能性を示唆した。しかしながら、短期間における牛群単位での横断研究評価にも限界があるため、今後は個体レベルでの長期的評価など継続的な情報収集と分析が必要であると考えられた。


発育不全子牛の改善

君付忠和 君付動物病院

                     




子牛の下痢症に対する予防と治療対策

安藤 貴朗

鹿児島大学 臨床獣医学講座

[はじめに]

子牛において消化器疾患は最も発生の多い疾患の一つであり、平成26年度家畜共済統計表によると全国で肉用子牛は52.1%、乳用子牛では44.8%と高率に発生している。消化器疾患の中でも下痢の発生率は最も高く、治療に掛かる費用だけでなく、慢性化による発育の遅延や継発疾病の発生など、経済的な損失は多大である。本講演では、子牛の下痢症について再確認するとともに、治療や予防法の一部を紹介する。

[子牛の下痢症の原因と分類]

 子牛の下痢症は、原因による分類と病態による分類に分けられる。原因による分類は、感染性と非感染性に分けられ、治療や予防の選択に用いられる。感染因子は細菌、ウイルス、寄生虫など多岐にわたるため、それぞれに適した検査が必要となる。感染因子による下痢症では、発症した個体だけでなく正常便を排出している個体でも感染している可能性があり、牛群全体に拡散することもあるため、治療法の選択だけでなく畜舎環境の整備のためにも原因を明らかにする必要がある。一方、非感染性下痢ではミルクや飼料の給与量や種類、牛舎環境などが原因となって発生する。また、非感染性下痢は飼養管理の問題だけでなく、子牛の個体ごとの生理機能によっても発症頻度が異なる。本来子牛は、水や電解質の調節する能力が成牛と比較して劣り、特に虚弱体質の子牛では脱水や電解質の異常を来して症状が重篤化し、さらに下痢を繰り返して発育が遅延するなど生産性低下を招く。また、これらの虚弱な子牛は免疫機能が未熟であることも多く、易感染のため感染性下痢症に罹患しやすい。

[子牛の消化器における免疫機能]

消化管には腸内細菌をはじめとする腸内細菌叢が存在し、常に様々な抗原に接している。腸管には全身の60 %以上の免疫細胞が集束しており、抗体産生細胞の70%以上がIgA産生細胞である。子牛の下痢発生には様々な要因が関与するが、IgAは小腸粘膜を保護して病原細菌の体内への侵入を防ぐことで下痢の発生を予防している。腸管内には複数のリンパ濾胞が集合して形成されたパイエル板が存在しており、このパイエル板を形成している上皮細胞層にM細胞が存在する。M細胞はウイルスや細菌を積極的に取り込みマクロファージなどの細胞に受け渡す。さらに、上皮細胞自身にも腸管内の抗原を取り込むシステムが存在すると報告されている。また腸管上皮細胞にあるFcRn(neonatal Fc receptor)は、腸管腔側で免疫グロブリンが結合した抗原を免疫グロブリンごと基底膜側に輸送している。これらの細胞はリンパ球への抗原刺激を導き、刺激を受けたリンパ球は他の粘膜面に移動して免疫反応を誘導する。そのため、正常な腸管内細菌叢や腸粘膜の維持は、免疫システムの成熟において非常に重要である。

[栄養管理による子牛の下痢予防対策]

出生直後の子牛は腸管でIgAを産生することができないため、能動免疫が十分なレベルに達するまでは母乳からIgAを得る受動免疫により下痢を予防する。しかし、IgG含量と比較すると、初乳中のIgA含量は非常に低いため、受動免疫を高水準に保つとともに子牛によるIgAの産生を促進する必要がある。飼料中には栄養素だけでなく、家畜の生理機能や免疫機能を高める機能性成分が含まれている。子牛の血漿中βーカロテン濃度は出生直後には非常に低いが、初乳中の脂溶性ビタミンであるβ―カロテンを体内に効率よく取り込んで利用しており、レチノイン酸を介した効果と抗酸化作用による効果が報告されている。また、セレンなどの微量元素の欠乏は、子牛の好中球やリンパ球の機能を低下させ、病原微生物に対する感染防御能が減弱する原因となる。母牛とともに飼育されている自然哺乳の子牛では、子牛のみでなく母牛のコンディションが原因となる母乳性の白痢が問題となり、アルコール不安定乳の摂取が下痢の発症要因とした報告が散見される。

[生菌剤による腸内環境の調整]

生菌剤はプロバイオティクスの一種で、腸内に常在する細菌などを粉末状にして飼料に添加することにより消化管に定着させ、腸内環境を改善する目的で使用される。生菌剤の使用量は近年増加してきており、現在では生菌剤を含有する牛用飼料は10種類以上市販されている。これらに使用されている細菌は、乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸菌、糖化菌、腸球菌、酵母菌および糸状菌類など多様な種類があるだけでなく、その組み合わせや菌数にも相違がみられ、治療や予防など様々な用途に用いることができる。生後7日目〜28日目にかけて生菌剤(1g中に乳酸菌1×108、酪酸菌1×106、糖化菌1×106)を給与した子牛では、給与中に乳酸菌/大腸菌の比率が上昇し、下痢症の発生を抑制することが報告されている。また、腸内細菌叢を改善するのに有効な微生物の増殖を促進するプレバイオティクスを、プロバイオティクスと組み合わせたシンバイオティクスも子牛の腸内環境や免疫機能を維持するのに有効で、特に乳酸菌が利用するオリゴ糖を同時に給与することで、乳酸菌/大腸菌の比率を大きく上昇させると報告されている。このように、生菌剤の給与では腸内の細菌バランスを調整することで、病原細菌の増殖抑制や、消化器の免疫機能賦活作用により下痢症を予防することが可能となる。

[消化酵素による消化吸収機能の改善]

子牛の第四胃は、免疫グロブリンの消化を防ぐために塩酸を分泌する壁細胞が少なく、蛋白質消化酵素であるペプシンの活性が低い。また、キモシンを分泌して、乳汁中のカゼインを凝固させる。カゼインや脂肪の凝塊はカードと呼ばれ、第四胃の中で消化作用を受けゆっくり小腸へと移行することで、未消化の乳成分が大量に小腸へ流入することを防いでいる。さらに、小腸へ流入した糖質や蛋白質、脂肪は様々な消化酵素の働きにより消化・吸収される。胆汁排泄が劣っていると、乳脂肪の未消化を招いて白痢発症につながることや、胆汁排泄作用のあるウルソデオキシコール酸やメンブトン製剤の給与が、下痢の症状改善や予防に効果があることが報告されている。

[まとめ]

 子牛の下痢症の原因は様々であり、さらに単一の原因でなく複合要因により発生していることも多く、治療および予防を実施するのは容易ではない。感染因子、飼養管理、飼育環境も含めた発生要因を明らかにし、それぞれに適した損耗対策を実施する必要がある。

子牛の損耗をいかに防ぐか

 ―肺炎から守るー

上村 涼子

宮崎大学 農学部 獣医学科 産業動物衛生学研究室

    

[はじめに]

                   牛の多頭飼育化が進むにつれ、子牛の呼吸器疾患による損耗被害が大きくなってきていることはよく知られている。感染性呼吸器病は、病原体の関与だけでなく、宿主要因、環境要因が複合的に影響するBRDC(牛呼吸器複合病)であり [1]、ゆえに疾病コントロールをする上でもこれらの要因を踏まえた対策が必要となる。子牛の感染性呼吸器病は、獣医師が特に冬季には日常的に遭遇する疾患であり、抗生物質投与、ワクチン接種など主に宿主体内に侵入した(する)病原体に対する対策が取られている。それにもかかわらず、コントロールが困難なことを考えると、宿主・環境要因に深く関わる飼養管理者の理解を深めることが今後さらに重要になってくるのではないかと思われる。

 そこで、このセミナーでは、BRDCの代表的な病原体でありながら、日和見感染症の病原体にも位置づけられるMycoplasma bovis肺炎の病態について紹介するとともに、「肺炎をいかに防ぐか」というテーマでは、内容を飼育管理者にも知ってもらいたい知見に絞って紹介したい。

Mycoplasma bovis肺炎]

獣医学教育で使用される清書では、M. bovisは牛のマイコプラズマ肺炎の病原体として、M. disparUreaplasma diversumなどと並列して記載されていることが多く、気管支周囲のリンパ濾胞過形成がその特徴病変として記されている。しかしながら、肺炎の病理像は、M. bovisは他の菌種と異なり、化膿性乾酪壊死性肺炎を呈して、非常に重篤な病態になることが多いため、臨床的にはM. bovis肺炎と他のマイコプラズマ肺炎とは区別した方が良いと考えている。我々の実施したM. bovis感染子牛の肺の肉眼病理所見では、乾酪壊死病変が最も高率(83.3%)に認められ、病変は右肺前葉に主座した。病理組織学的には、気管支周囲のリンパ濾胞過形成が全ての個体に認められたが、M. bovisが分離されず、肉眼的に著変の認められなかった肺でも、気管支周囲のリンパ濾胞過形成が認められた。したがって、本所見は清書にあるようなM. bovis肺炎の特徴所見ではなく、頻出所見であると考えられた。続いて認められた所見が、気管支腔内好中球浸潤(83.3%)、壊死(66.7%)、肉芽腫、石灰化、肉芽組織増生および瘢痕化(各50%)の順であり、肺の組織を広く障害し、呼吸機能を著しく阻害する病変であることから、M. bovis感染牛の肺では、不可逆的に進行する肺病変が特徴であり、病態進行に伴う肺機能低下の結果、発育不良などの経済的損失をもたらしていると考えられる。

一方、本菌は健康保菌することも知られているが、この場合の保菌とは鼻腔などの上部気道からM. bovisが分離されることを指しており、肺への定着については不明であった。そこで我々は、健康成牛の肺の保菌調査を行ったところ、17%(14/82頭)がM. bovis遺伝子陽性であり、うち8頭が免疫科学的染色(IHC)でM. bovis抗原陽性であった。これらの牛の肺では、気管支粘膜固有層へのリンパ球の浸潤、リンパ濾胞の過形成、間質の拡張、気管支内の変性好中球の集積などが認められ、M. bovis抗原が、気管支腔内の変性好中球細胞質内、気管支の固有層や上皮細胞内などに認められたが、子牛の肺炎で特徴的な乾酪壊死病変は観察されなかった。したがって、健康成牛では肺に定着はするが、子牛の肺炎と異なり本菌に対する炎症反応は弱いことが示唆される。

M. bovis肺炎の成立については、このように宿主側の要因が強く表れているようであり、日和見感染症の様相を示すが、病原体としては決して弱小では無く、非常に興味深い性状を持つ。

 微生物としてのM. bovisについて、本菌は細胞壁を持たず、3層構造の細胞膜で囲まれている微少微生物(直径約0.20.7μmの不定形)である [2]。非常に限られた代謝系しか持たず、膜を介して宿主から栄養を得る寄生生活をするため、宿主細胞に密着する形で生存している。病原因子として、接着や宿主免疫刺激に関連する可変膜蛋白(Vsp)、細胞障害に関連する過酸化水素やヘモリシンの産生、宿主免疫回避に関連するバイオフィルム産生などがあるが、いずれもこれだけで重篤な肺炎をもたらすとは考えにくいものである。宿主免疫に対する抗原性は低いと考えられており、体内で定着・増殖後にMHC classU分子による抗原提示を介して免疫誘導される。M. bovisは、好中球やマクロファージに貪食されたとしても、その消化酵素に対する耐性が強いために、加水分解されることなく高率に生存する。さらに、本菌の産生する過酸化水素により食細胞に死をもたらす。M. bovis感染子牛の肺で本菌に対するIHCを実施すると、抗原は壊死部および気管支腔内細胞退廃物内のほか、マクロファージ様細胞質内およびU型肺胞細胞様細胞質内でも検出される。実際に、壊死部からはM. bovisが大量に分離され、電子顕微鏡による観察では壊死細胞内に多数のMycoplasma様構造物が認められ[2]、細胞内で増殖していることが示唆される。通常であれば、壊死細胞は別の食細胞の貪食により速やかに排除されるが、M. bovis感染症については、ミイラ取りがミイラになるべく遊走してきた食細胞が次々と壊死し、組織内に壊死塊を作る。M.bovis感染実験では、感染3週間目には、すでに化膿性乾酪壊死病変およびリンパ濾胞過形成が認められている(Hermeyer, K. ActaVeterinaria Scandinavica 54:9. 2012)。この壊死塊は、抗生物質処置に対して非常に効果的なバリアとして機能することになる。また、組織中からM. bovisを効果的に排除できないために、一度MHC classU分子を介して誘導された宿主免疫は活性化したまま維持されると考えられる。

M. bovis感染発症初期の子牛を用いてリンパ球幼若化試験を実施した結果、M. bovis非分離健康子牛と比較して有意に高い刺激反応性が認められた [3]。しかしながら、過去の報告(Vanden Bush Vet. Immunol. Immunopathol. 94:23-33. 2003)では、健常牛から採取した血液由来リンパ球に対してM. bovisはリンパ球幼若化能を抑制したとある。過去の報告では健常牛血液由来リンパ球にM. bovisin vitro感作しているのに対し、我々は、M. bovis感染発症牛の血液由来単核球を用いて非感   染牛のそれとの反応性を比較している。このことから、M. bovisはリンパ球に対する直接刺激では反応を抑制させるが、感染個体内では、M. bovis感染で刺激されたマクロファージの産生するサイトカイン(IL1IL6TNFαなど)刺激などにより、Tリンパ球の抗原刺激反応が過剰に高まっている可能性がある。このように、M. bovisが宿主免疫攪乱作用を持つことは知られているが、in vivoでは様々な免疫応答が複雑にかかわりあっているため、M. bovisの免疫作用を解明することは難しく、機序解明には、感染牛を用いた試験と実験室内試験とを併せて実施する必要があると考えられる。

なお、我々の実験で認められた感染初期牛の刺激反応性の亢進は、非特異的なものであることから、BRDCにおいて、M. bovisと共感染した他の病原体(P. multocidaM. haemolytica等)による抗原刺激に対しても過剰な免疫応答を起こし、宿主病態を悪化させている可能性も考えられる。

  M. bovis感染症については、解明されていないことが多く、研究も発展途上ですが、2000年以降注目度も高く、研究論文数も増えてきています。今後、臨床現場発の調査研究が進んでいくことが期待されます。

[子牛の肺炎をいかに防ぐか 〜家畜の飼養管理者とともに〜]

1)環境要因

肺炎に関連する環境要因には、宿主に対して作用する要因と病原体に対して作用する要因がある。例えば、宿主に影響する要因としては、冬季の寒冷、乾燥、換気不良に伴うアンモニアガスの蓄積などがある。呼吸気道のバリアである気管支粘膜上皮細胞は、冷気、乾燥、アンモニアガスなどで傷害されやすく、線毛や線毛運動が障害されたり、気道被覆液の産生や排除速度が低下するなどして、病原体排除能力が低下する。また、寒冷ストレスは宿主免疫を低下させることが知られており、たとえ南九州であっても冬季には子牛の末梢血中リンパ球数が低下する[図4]。また、開放牛舎(発生率は約2倍)や床面の一部にしか敷き藁を敷かない農場(発生率は1.6-1.9倍)では、牛呼吸器病の発生が高まると解析した報告もある(Assie, S.Prev. Vet. Med. 91:218-25. 2009)。したがって、寒冷ストレスから宿主を保護するために、子牛用の暖房設備の設置、カーフジャケット等の着用(特に首から肩口の保温)、床や壁面の断熱、ハッチ周囲へのビニルカーテン設置(すきま風の防止)などの寒冷対策は最初に見直すべき要因であると考えられる。

環境が病原体に作用する要因としては、環境中の病原体濃度や生存性に関わるところである。環境中の病原体の低減化対策として真っ先に思い浮かべるのが「消毒」であった人はぜひ見直しをお願いしたい。目に見えない病原体の低減化対策も、基本は畜舎の清掃や道具の整理整頓などの目に見えるところにある。目視できるところの管理が疎かになっているようでは、目に見えない病原体のコントロールはできない。作業着・長靴の洗浄、手洗いの励行、畜舎通路や飼槽のこまめな清掃、道具の洗浄・定位置への片付けができているかは、呼吸器病起因病原体に限らず、病原体をコントロールする上で大事な要素である。その上で消毒作業を行えば、より消毒薬の効果を発揮させることができる。消毒薬の種類によっては、細菌に対する効果が低いものもあるが、おおよそ推奨濃度で効果はある。ただし、有機物の存在下では速やかに効果が落ちるもの、低温下では効果が減弱するものもある。そのためにも、消毒前の清掃が重要となるし、また、消毒薬の適正使用を心がけたい。畜舎内の空気環境消毒として噴霧・煙霧消毒を行う場合でも同様に、まずは換気の見直しにより病原体濃度を下げる試みを行うことは重要である。空気消毒は、一時的な効果は大きいが、継続しないため、噴霧消毒では、舎内温度を低下させず、子牛体表が濡れない条件を設定して定期的な噴霧を行う必要がある。煙霧消毒では、気温や子牛体表への影響を考える必要はないが、微細粒子となった消毒薬が牛の深部呼吸気道まで到達することによる影響が懸念される。

環境中の病原体汚染に関して、獣医師が心に留めておきたいこととして、発症牛の治療順序、治療場所がある。治療対象牛は、群内の状況を見た後に治療を行い、病牛を触れた後に直接別の個体に触れないよう意識したい。細胞壁がなく、非常に弱いと思われているM. bovisであっても、条件が整えば、環境中で長く生存することが知られている。したがって、M. bovis中耳炎牛の排膿処置のような、環境中に病原体を飛散させる可能性のある行為は、飼養場所から子牛を引き出して行い、排膿液はできるだけ回収するなど飼養場所の衛生に努めるべきだと考えられる。

2)宿主要因

宿主の疾病に対する抵抗性(抗病力)を上げることは、牛の呼吸器疾患の発症または重症化を予防に繋がると考えられる。抗病力維持には栄養充足が不可欠であるが、例えば、冬季は生命維持に必要な熱量産生のためのエネルギー要求量が増すことから、一年を通じて同じ食餌管理では、冬季の子牛の抗病力を維持するのに必要なエネルギーが不足している可能性がある。したがって、肺炎多発農場では、冬季の栄養状態を充足させるよう飼料管理を見直す必要があるかもしれない。また、防寒対策を施すことで、生命維持に必要な熱量を抑える事も有効であるとされる。

たとえ病原体が感染しても、発症初期であれば、宿主の体力も維持されており、治療効果が得られやすいと考えられる。経過が長くなると、食欲の低下によるエネルギー不足も深刻になる。そのため、早期解熱による元気・食欲の回復を目的とした抗炎症薬(NSAIDs)の投与は意味があると考えられる。ウイルス感染は宿主抗病力を低下させる重要な要因であり、二次・三次感染を招くことがしばしばあるため、呼吸器病ワクチンは積極的にかつ有効的に接種することが大切である。

宿主抗病力を見る一つの手段として、胸腺の発達を指標とすることを提案したい。胸腺はT細胞の分化・成熟の場であり、胸腺が萎縮した個体の細胞性免疫能は低いと考えられる。胸腺の発達度合いはサイズ、機能から計ることができ、前者は気管の側方に位置する胸腺頚葉を触診することで可能である。これは特殊な機器や高度な技術を必要としないため、簡易抗病力診断法として飼育管理者が習得・実施してもらいたい手法である。後者については、牛のsignal joint T-cell receptor excision circle (sjTREC)の定量的PCR法が報告されている(Hisazumi, R. Vet. Immun.Immunopath. 167: 86-90. 2015)。これは、胸腺内で産生されるαβT細胞数を末梢血を用いて評価できる方法で、子牛ではsjTREC数に雌雄差、季節変動があることも明らかになってきており胸腺機能の評価手段のほか、消耗性疾患の病態診断への応用も期待されている(Hisazumi, R. Vet. Immun. Immunopath. 169: 74-78. 2016)。

個々の牛の抗病性を知ることで、特に群飼の場合に見逃されがちな幼弱個体を把握でき、必要に応じて個別管理するなど事前に対策を取ることができる。また、抗病力の低い個体が多かったり、バラツキがあったりする場合は、群全体の飼養管理の見直しを考えるきっかけにもなる。

 最後に、M. bovisによる肺炎発現メカニズムが複雑かつ未解明であるために、治療方針を立てるのが難しく、結果として難治性に陥っている可能性があります。1ついえることは、感染初期のコントロールの重要性であるが、獣医師による処置開始は飼養管理者からの通報に依存するため、日常的に子牛を管理している飼養者が初期の異変に気付くことが重要となる。併せて、日常管理の中で、肺炎の予防に繋がる知見もいくつか報告されている。「子牛の肺炎」という結果だけを見ることなく、その背景要因まで丁寧に探り、管理者とともに対策に取り組むことが大切であることを改めて記します。

連絡先:889-2192宮崎市学園木花台西1-1 tel/fax 0985-58-7283 

e-mail uemurary@cc.miyazaki-u.ac.jp

下痢の診断と対策

  

検崎 真司

かごしま中部農業共済組合 基幹家畜診療所リスク管理室

       

事例紹介

粘土状で固いルーメンマットは子牛の損耗を最小限にする

 ―子牛育成の定期巡回―

阿部 信介

みやざき農業共済組合 北部診療所

       

子牛の第一胃内粗飼料充満度をルーメンマットスコア(以下、RMS)とする基準を考案し、離乳後牛群のRMS365日齢以下の死亡率(以下、死亡率)および給与飼料の粗飼料割合の関係を調査した。可能な限り良質粗飼料を多く、濃厚飼料を少なく給与するという方針で、第一胃が粘土状で固い(RMS5)個体が多くなるよう給餌管理指導を定期巡回として続けたところ、死亡率が有意に減少した。死亡率は呼吸器病と消化器病で有意に減少し、循環器病で減少傾向が認められた。すなわち、「呼吸器系疾患」と「朝来たら死んでいた」という急死系による死亡率が有意に減少した。また、自家調製TMRの粗飼料割合の低下に伴ってRMS5の出現割合が有意に低下し、死亡率がわずかに増加した。

試験農場では、定期巡回開始前後でワクチンや駆虫剤などの投薬プログラム、また消毒などの衛生プログラムは変更しなかった。すなわち、呼吸器系と朝来たら死んでいた急死系の死亡率が大幅に減少したのは、ルーメンが粘土状で固い牛を増やすためのエサのコントロールによる結果と言える。従って、このようなエサのコントロールは死亡事故対策に利用できると換言できる。従来、死亡事故対策には、早期発見・早期治療はもとより、換気・牛床管理・消毒などの衛生管理、病原微生物の特定とワクチネーションなど様々な方法が示されているが、今回ここに「エサのコントロール」を追加する価値は十分にあると考えられた。また、子牛に対する粗飼料給与が有害であるとする見解も一部見られるが、今回の調査では、粗飼料充満度あるいは給与飼料の粗飼料割合が、消化器病および呼吸器病の死亡事故発生に対して重要な要素であることが示され、子牛にとって粗飼料は必要不可欠であり、濃厚飼料は慎重に給与すべきという結論しか得られなかった。

詳細は以下参照

阿部信介ら:第一胃反復圧迫法による粗飼料充満度の新規指標と子牛群給餌管理指導への応用,家畜診療637),397-403,(2016

阿部信介:第一胃が固い子牛を増やすと死亡率が下がる−ルーメンマットスコアを活用した子牛の死亡事故低減の取り組み,肉牛ジャーナル20168月号,52-55

ユーチューブ解説





シェパードお産マニュアル

椎葉 絢香 シェパード中央家畜診療所