乳牛の蹄疾患
Juergen Rehage & Wolfgang Kehler
ハノーバー大学獣医学部、牛病学講座

はじめに

今日酪農業にとって、跛行は乳牛の健康に関しても、また動物の福祉の観点からも最も重大
な問題の一つである。

跛行を示す牛の約90%では、その原因が蹄疾患である。乳牛の跛行の
発生率に関しては、報告によって記録法などに違いがあり、値は様々であるが、年間発生率は
20〜40%というところが現実的な数値であろう。

不妊や乳房炎とともに跛行は廃用の主要な原因の一つである。
跛行に関わる経済的損失は、単に治療や早期の廃用によるものだけでなく、
泌乳量の低下、受胎率の低下、乳房炎発生率の増加によっても被る。

跛行の高い発生率を理解するためには、乳牛の体格や体重が飛躍的に増加したのに、
それを支える基盤となる蹄の大きさや形態、あるいは肢勢を無視して育種を進めてきた、
という状況を十分に認識しておく必要がある。

さらに、居住環境も牧草地から通年の牛房付きの牛舎へと変わってきた。
蹄は平らで堅く、しばしば湿ってどろどろのコンクリートないしアスファルト床、
時にはスレートのような床に長時間さらされることに耐える構造にはなっていない。
また泌乳量の増加に伴って飼料内容、特に粗飼料と濃厚飼料の比が変わったことも
蹄の健康に重大な影響を与えた。

したがって、蹄病由来の跛行を予防するためには、
蹄の形態やボディコンディションといった個体レベルの内容から、
群管理レベルの栄養や牛舎環境も考慮する必要がある。

Dutch School(Toussaint-Raven 1989)の提唱した定期的な機能的削蹄を、
乳牛の牛舎環境や栄養状況にあわせて実施することが必要である。

削蹄の目的は、蹄に対する物理的負荷を軽減し、各四肢の蹄ならびに
各蹄の外蹄と内蹄への負重のバランスを図り、蹄球が湿ったどろどろの床に
付着することをできるだけ減らすことにある。

長期的視野に立てば、育種に際し、高泌乳牛の環境因子の変化にあわせ、
蹄疾患を予防することにつながる蹄形、肢勢に関わる遺伝形質を考慮
しなければならない。


各蹄疾患

限局性蹄皮炎(典型的蹄底潰瘍/ルステルホルツ蹄底潰瘍)

 世界的に典型的蹄底潰瘍は最も多い乳牛の蹄疾患である。
主として一側ないし両側の後肢外蹄が罹患する。特定の病変が、
蹄底蹄球接合部の反軸側寄りも軸側に近い部位に出現する。

他の品種に比べ、高泌乳のフリージアン種に最も多く発生する。
本疾患は体重の大きい牛が自由に動ける牛舎、あるいは特に冬の後半から
春にかけて、堅いコンクリートの床の牛房に長時間つながれるような環境で
より発生が多いようである。

発症には解剖学的および物理的な要因が重要な役割を果たしている。
定期的な機能的削蹄を行っていないと、後肢の外蹄は内蹄より広く高くなる。
そのため、外蹄には内蹄より大きな負荷がかかる。

外蹄に対する過大な負荷に加え、蹄は過長となって徐々に傾き、
蹄球前部により多くの力が加わる。このような状況になると、蹄角質と
蹄骨(足底突起)に挟まれた蹄真皮には高い物理的負荷がかかり、循環障害と
真皮の虚血変性を生じる。
その結果、限局的な出血、真皮の壊死、質の良くない角質形成が起こる。

潜在性蹄葉炎が繰り返し起こると蹄角質産生は障害され、
典型的蹄底潰瘍発生の原因となる。
蹄球びらんと趾間皮膚炎は、すでに傷害されている蹄角質の破壊を増加させるため、
蹄底潰瘍の発生機序を複雑にしている。

どろどろの床に長時間起立するような環境では、蹄底はさまざまな外傷を受けやすい。
蹄角質の質が低下すると角質に割れ目や間隙が生じ、そこから微生物
が侵入して最終的に蹄皮の感染を生じる。当初の非感染性の欠損から
感染性に移行すると、症状は急速に悪化する。

予防はまず外蹄の傾きや趾間ならびに外・内蹄にかかる不均衡な物理的負荷を、機能的削蹄
によって軽減することに注意を払う。

削蹄と同時に、飼料(粗濃比)の変更と牛舎環境の改善を行わなければならない。
例えば、牛が快適でない環境下で長時間起立して過ごす場合、跛行の発生率はより高い。
床をゴムマットでコーティングした場合、床は柔らかくなり、蹄にかかる物理的負荷は軽減する。

蹄底潰瘍に対する治療法は、特定部位の蹄底における穿孔の有無によって異なる。

蹄皮に壊死があっても穿孔がない場合、機能的削蹄により治療するが、
もし重度な場合、傷害のある外蹄にかかる負重を軽減するため、
健康な内蹄にブロックを装着する。

しかし蹄皮の穿孔がある場合、蹄内部、すなわち深趾屈腱、種子骨、蹄骨内側、
遠位指節間関節への感染による炎症の進行を考慮する必要がある。

治療としては、いくつかの異なる手術法がある。

a) 深趾屈腱と遠位種子骨の切除、b) 遠位指節間関節の切除。

この二つの手技では蹄は保存される。他には、c) 断趾術が勧められる。

断趾術の利点は、他の二つに比較し速く、容易に実施でき、跛行の程度
は術後速やかに低減することである。

主な不利益な点は、断趾によって失った蹄の喪失は永久的であり、
もし残った蹄に何らかの疾患が発生した場合、対側の蹄が失われていて負重がかけ
られないため、早期に廃用となる。

蹄を保存する治療法の不利益な点は、術後跛行が消失するまでの期間がより長い点である。
したがって治癒するまでの期間、牛は主に対側の肢に負重をかけるため、
その肢の外蹄に相対的に高い負荷がかかる。

残念ながら、その結果対側の肢の外蹄に蹄底潰瘍の生じることが多く、病態はより複雑となる。


びまん性非感染性蹄皮炎(蹄葉炎)

蹄葉炎は、蹄真皮のびまん性非感染性炎症と定義される。
蹄葉炎も他の蹄疾患と比べて同様に後肢外蹄に好発する。
病態は急性、亜急性、あるいは急性、亜急性が繰り返し起こる慢性炎症の場合がある。

急性ないし亜急性の症状は潜在性で、多くの場合畜主も気づかない。
重度の跛行や横臥を伴う臨床症状の明白な蹄葉炎は偶然に見つかることが多い。
しばしばこのような臨床症状の明らかな蹄葉炎は、同時に存在する子宮内膜炎や
乳房炎等の炎症に直接的に関連するか、あるいは急性のルーメンアシドーシスの結果として生じる。

しかし、慢性蹄葉炎は跛行の原因として最も重要であり、特に白帯病(白線病)、
蹄底出血および蹄底潰瘍の発生に大きく関与していることから、
酪農業にとって経済的にも重要と思われる。

慢性蹄葉炎の発症には多くの因子が関与することは広く認識されている。
堅いコンクリートの床に長時間起立していると、蹄には過剰な負荷や
物理的圧迫が加わるため、牛舎環境は重要な要因である。

さらに、運動をしないと遠位の肢端における血液灌流は増加しない。
また、潜在性のルーメンアシドーシスの原因となる飼料中の粗飼料不足や、
飼料中の過剰な蛋白は蹄葉炎の引き金となる。

さらに、蹄葉炎は遺伝性で家族性の好発性も報告されている。
しかし、多くの危険因子が同定されてはいるものの、依然として蹄葉炎の
発生機序に関しては一定の見解が得られていない。

分娩前後に生じるアシドーシスやエンドトキセミアを伴う代謝障害や生体内アミン類は、
真皮の微細な循環障害を招くと考えられている。

動静脈シャント、うっ血、血栓形成は血管からの漏れを生じ、蹄真皮での出血や浮腫を起こす。
真皮の浮腫に伴い、蹄骨と蹄角質にはさまれた狭い部位は圧迫されて虚血を生じ、
真皮への酸素と栄養供給は減少する。

その結果、真皮に非感染性の傷害が生じ、質の悪い角質が形成され、
蹄骨は沈みはじめ、蹄底および蹄球の真皮を圧迫する( Nocek 1997 の総説を参照)。

蹄葉炎に関するほかの仮説に従えば、蹄骨の懸垂装置と角質内結合組織の脆弱化によって
蹄骨が沈みはじめ、真皮の傷害が始まる( Muelling & Lischer 2002 の総説を参照)。

しかし、蹄葉炎の臨床症状は、蹄底出血、白線分離、二重蹄底、波をうったような角質表層、
蹄背側壁のへこみを持ったねじれ、蹄鞘の変形である。

現在の知見に基づく蹄葉炎の予防法は、定期的な機能的削蹄、
飼料中の濃厚飼料に対する粗飼料の比の適性化、飼料中の高蛋白負荷の防止、
および快適な環境に向けた改善(適切な運動、乾燥し、平らで柔らかく、滑りにくく、
ざらざらでない床の確保、魅力的な牛房、良好な室内換気、など)である。

これらの点から、各飼料内容、配合組成、寝床の管理だけでなく、泌乳量や乳成分
(脂肪%、蛋白%、脂肪/蛋白比、尿素濃度)のモニターは最も基本的な方法であり、
実際の群管理に関する重要な情報を与えてくれる。


蹄尖部の化膿性蹄皮炎

もし跛行がなくとも、削蹄によって跛行を生じるようになることがある( Toussaint-Raven 1989)。

蹄背側壁の長さは蹄尖から蹄冠までを測定するが、多少の差はあるが通常7.5 cm である。
蹄尖の角質の厚さは約5-7 mmである。
削蹄時にはこれらの数字に常に注意を払う必要がある。

そうでないと、もし背側壁を短くしすぎたり、蹄尖部をはぎ取り過ぎて薄くすると、
蹄真皮は被服されず、湿った、どろどろで細菌を多く含む床にさらされることになる。

そのため、感染が生じ、真皮には化膿性で、通常壊死性の炎症性変化が生じる。
穿孔がある場合、変性を伴う炎症は蹄骨の先端部に達する。
蹄骨の骨髄炎はまた白線部の離開から発生した蹄尖潰瘍からも生じる。

しかし、罹患した蹄を救うためには手術を実施すべきである。
細かい目のヤスリを付けた角度のついたグラインダーを用い、
蹄底および蹄尖部に直交する静脈から逆行性の静脈性局所麻酔を行って
真皮ならびに蹄骨に麻酔をかけ、炎症病変の到達している部位まで取り除く。

蹄の形態を整えるときにはグラインダーを強く押しつけず、あまり熱を出さないように実施する。
先端のとがっている部分を丸くし、健康な隣の蹄にブロックを装着し、処置を行った蹄には包帯処置をする。

症例には5日以上全身的な抗生物質投与を行う。包帯は7日目と21日目に交換し、
健康側の木製のブロックは術後5週目に除去する。回復率はほぼ100%である。


趾の感染症

趾間皮膚炎(ID)は趾間部の皮膚に生ずる細菌性炎症と定義される。
偏性細菌であるD. nodosus が主な病原菌のようであるが、F. necropherum も
関与が示唆される。

牛舎内で飼育されている間の罹患率は高い(ほとんど100%に近い)。
炎症は表層のみであり、多くの場合跛行は呈さない。
慢性的あるいは重度の症例では、ID から蹄球びらんに移行する。

ID はさらに趾間フレグモーネの初期像としても考えられている。
ID は牛から牛に伝搬する。この牛間の伝搬の最も重要な危険因子は
非衛生的な牛舎環境である。

また、機能的削蹄を全く実施していないか不十分な場合に生じる蹄踵の低下は、
高い踵の牛に比べてより広汎に汚物にさらされるため、危険因子の一つと考えられている。

しかし、いかなる状況にせよ、ID に必要な治療は局所療法である。
患部をきれいにし、壊死組織を除去し、静菌的抗生物質を塗布することが有効である。

全身的な治療法はほとんど効果がなく、またワクチンも有効でない。
蹄浴が推奨されているが、生態に与える影響から少なくともヨーロッパでは問題となっている。

牛舎環境を清潔で乾燥した状態に改善するとしばしば病変は自然に消滅する。
夏の放牧時にはID の発生率は大幅に低下する。

 蹄冠部近位ないし趾間部の皮膚に表層性の伝染性炎症を生じる
趾皮膚炎(DD)の原因は依然として明確でない。

二つの型が知られており、一つは、限局性のびらん性/反応性の(いちご様)病変であり、
他は増殖性の(疣状)病変である。

組織学的には、病変部にスピロヘータ細菌が確認できる。
スピロヘータの発症機序の関する役割については、培養したこれらの細菌の
接種による病変の再現性が不十分であるため、依然として一定の見解が得られていない。

この疾患はすでに世界中に広がっているが、一般に発生率は群あるいは
地域によって大きな差がある。

また病変の型についても、ある型がある特定の地域でより高率に見られることがある。
しかし、反対に二つの型が1群の中に見られることもある。

DD に罹患しても通常跛行を呈せず、症例によっては不快感を示すこともあるが、
重度の跛行を示すことはほとんどない。しかし、ID と同様に、DDの皮膚病変が発育する蹄球部に隣接すると角質形成に障害が出現する。

蹄球の欠損部への放射線照射は、その下部にある真皮に重大な傷害を与え、蹄底潰瘍の発生を引き起こすことがある。ID と同様、治療は局所療法である。病変を洗浄後、通常ミルクパーラーの
中でオキシテトラサイクリンを噴霧する。

ワクチンは効果がない。予防には、特に湿気の多い状況を改善する衛生学的配慮と機能的削蹄が重要である。


質疑応答

Q1 ドイツでの削蹄師の教育の詳細と、そのカリキュラムは?

A1 プロの学校はオランダのユトレヒトで20年前に創立、ドイツでは10年前、さらに南ドイ
ツでは5年前とそんなに歴史は古くない。
1年コースでは解剖学、疾患、給餌法、飼育法
などを教育。4週間コースや1週間コースもあるが、それらは主に農家向きのコースで十
分な期間ではない。
また、酪農を辞めた人が削蹄師になる場合もある。
今後は、農家数は減るが頭数が増える大規模型に移行するため、
削蹄師の需要は大きく教育は重要である。
削蹄は1頭7ユーロ(約1000円)で1頭3~4分かかるので、1日50~80頭、つまり1日
4万~6.5万の収入になる。

Q2 断蹄による生産性の低下などの影響は?また治療費は?

A2 1回の断蹄手術代は、ハノーバーで200ユーロ(約26000円)、競争地域では100ユーロ
(約13000円)。農家数は減るが頭数が増える大規模型に移行するため、削蹄師の需要は
大きい。臨床獣医師が不足している。
断蹄によるストレスの有無は症例により異なり、跛行が起こるたびにストレスと受けるものもある。
早期では乳質、乳量はほとんど影響しない。
断蹄することでの影響・ストレスについては正確な判断はできない。
蹄の外科処置の目的は上位10〜20%の優良遺伝形質を残すことも含んでいる。


Q3 削蹄の基準として8cmでも出血するときがあるのに、本当に7.5cmでいいのか?

A3 ほとんど全て7.5cmでよいが、湾曲しているようなレアケースでは2〜3mm伸ばすことは
あるが、8cmを超えてはならない。ホルスタインはどんな体格でも7.5cmでよい。

Q4 削蹄の際、蹄球が低くなるが高くするにはどうすればよいのか?

A4 1回では無理なので頻度を高くして行い蹄球を高くする。低い状態が続くと蹄球糜爛など
の病気になるので、獣医が削蹄師を教育する。

Q5 Bodyサイズが異なっても、いつも7.5cmでいいのか?

A5 乳牛に関しては7.5cmが基準。場合によっては2mmぐらいずらすこともある。肉用牛で
も、そう変わらないだろう。



Q6;趾間腐爛などに対し、臨床現場では局所的な治療のほか、牛床の衛生面で消石灰を用いて
いるが、ドイツではこのような対策をしているのか。また、これは有効だと思うか?

A6;(Dr.レハーゲ)ドイツは日本と異なり、火山地帯でないため消石灰を用いた畜舎管理は行
われていない。そのため、有効かどうかはわからない。


Q7;ドイツのプロの削蹄師は迅速に仕事をするようであるが、どのような方法で削蹄を行って
いるのか?(枠場保定、手順など)

A7;(Dr.レハーゲ)時間の節約には、アシスタントを1〜2人同行させて削蹄自体よりも牛の出
し入れをスムースに行うように心がけている。
枠場は、牛が地面から50cm位の高さにくるように設定され、
削蹄師が楽に仕事ができるようになっている。
枠場は、削蹄師が現場にもってくる場合と、地域の農家が共同で所有している場合とがある。
また、農家が獣医のところへ牛を連れてくるケースもある。






ウンコを出さない牛舎
    アース技研 佐藤隆司

昨年11月の臨検で発表したときは天候がよかった。
大口の農場24頭, カウコンフォート設置(すらないように)
窓、換気扇で乾燥させる。

えさのところは湿っている状況、その他はさらさら。
生菌剤の利用で土を善玉菌ばかりにする。

いい点:糞尿出さない、労働力の削減、牛のストレス軽減、敷き藁代がかからない。
生菌剤を使って臭いと環境を良くして善玉ばかりにすると、悪い菌が入ってきても大丈夫。
分解産物は二酸化炭素、水になり、乾物3~4kgは分解されて結果的にいい肥料になる。
堆肥に対しての農家は実際すごくいいといっている。




1頭の牛が牛群をひっぱる!
       大分家畜保健所 藤井智子


<仕事内容>
  ヨーネ病・BSE検査など、病気の裏付けをする

<体験例>
  〜たかが一頭されど一頭が牛群の足を引っ張る〜

  牛舎をパラー方式にしたところ細菌数が数万CFU→30万CFUへと大幅に増加がみられた。
  検査項目を全て徹底的に調べたが原因菌であるガンジダは機器類中には見当たらなかった。
  結局ある一頭の慢性乳房炎の牛から510CFU以上のガンジダが見つかり、自主
  淘汰を提案して行ったところ細菌数は5万/mlにまで落とすことができた
                    ↓
   難しいことではあるが獣医師として農家の背中を押してあげることが重要である

<背中を押した成功例>
・ 桜島で成績の悪い農家さんで6〜7ヶ月齢で2ヶ月齢の体高しかなく淘汰を考えると
ころだが農家さんは淘汰に賛成せず、保健所は淘汰した方が良いと相互に考えが異な 
っていた。

結局獣医師の判断で淘汰してからは他の牛の発育が良くなった。

・ 61歳で牛飼いに自信を失いかけていた男性が勉強会に参加することで、また自信を
取り戻して輝いている

これらのことも獣医師の後押しが攻を奏した例である

<課題>
・ 肥育農家だけのネットワークはあるが、肥育牛を農家に出荷した先の流通をしるシステムがない
・ 新米獣医師は誤診して流産を起こしてしまったり、農家のリスクを大きくしてしまい
農家さんから信頼が得られにくいので、ベテラン獣医師のしっかりとした指導が必要である






牛の過剰排卵誘起における最近の知見

川崎製薬株式会社 川口擁 

・過剰排卵誘起処置(SOV)開始時における主席卵胞(DF)の有無と採卵成績

DFのある時期のSOV :採卵成績低下(Guibaul ら,1991)
DFのない時期のSOV :採卵成績有意差なし(Gray ら,1992) 
DFの吸引除去後のSOV :採卵成績向上(Bungarts ら,1994)
DFのない群と同等(Bergfelt ら,1997)

発情後7〜8日目の大型卵胞(8mm<)除去区と非除去区で有意差なし(堂地ら,1996)
DF吸引除去後2日目からSOV開始区で非除去区より有意に向上(小林ら,2004)

・GnRH投与による主席卵胞除去後の新卵胞波における牛の過剰排卵処置
  GnRH前処置+FSH漸減法/PG(佐藤太郎ら、2001)
   (方法)
    Day0…発情
    Day6…GnRH,スポルネン25,50,100μg注
    Day8…pm
    ↓      計10回、FSH‐R、アントリンR、総量42AU/5日間注
    ↓       ※FSH注入後、2.5日でFSH処置開始
    ↓       ※Day11のpmとDay12のam、PGF2α注
    Day13…am

・GnRH前処置により排卵した卵胞数 (佐藤太郎ら,2001)
   GnRH投与量(μg)  排卵頭数   黄体形成頭数
     100        2/2      2/2
      50        3/4      3/3
      25        5/5      5/5

採胚成績
  GnRH(μg)  黄体数  卵胞数  回収胚数  正常胚数
   100     9     3    7.5    0.5
    50     17.5    4.3   13.8    0.3
    25     16    3.2   17.8    8.6
                       注)ホルスタイン経産牛

・GnRH投与による主席卵胞除去後の新卵胞波における牛の過剰排卵処置
  GnRH+FSH前処置+FSH漸減法/PG(佐藤太郎ら、2003)
   (方法)
Day6にGnRHと共にFSHも投与する。
その他は、GnRH単味で前処置をした方法と同様に行う。
(材料)ホルスタイン経産牛5頭

(結果)
  前処置  回収胚数  正常胚数  正常胚率  Good以上の胚数  Good以上の胚率
GnRH+FSH  18.3    11.5     65      6.5        37.5
  GnRH   22.3    10.8     48.4     3.8        17.6

                        
過剰排卵誘起処置におけるCIDR留置からFSH投与開始までの期間
 過剰排卵誘起処置プログラム
   Day1…アントリンR 6AU×2
   Day2…アントリンR 4AU×2
   Day3…アントリンR 3AU×2、PGF2α×1
   Day4…アントリンR 2AU×2
   
   A区…Day-3〜3 CIDR挿入
   B区…Day-5〜3 CIDR挿入
   C区…Day-7〜3 CIDR挿入


・CIDR留置からFSH投与開始期間別の過剰排卵誘起成績
             的場理子ら(家畜改良センター),2004

区 CIDR留置〜  牛頭数  発情発現率  胚回収率  黄体数 回収卵数 正常胚数
  FSH開始まで
A   3      13     92.3    89.2    8.5   7.6    6.3
B   5      14     92.9    69.7    16.2   7.1    4.7
C   7      9     88.9    77.8    10.1   7.9    6.4






鹿児島大学 家畜病院 症例報告
       鹿児島大学 家畜臨床繁殖 上村俊一

不妊外来

(1)ちよざくら;牛、黒毛和種、雌

生年月日 平成7年4月14日、8歳
産暦 平成15年6月9日 6産、自然分娩

病歴
5産次より、受胎まで獣医師の治療を複数回受ける。
平成15年8月 卵胞嚢腫 治療
  同年9月 卵胞嚢腫の再発、治療複数回
  同年11月6日 発情、AI実施
  同年11月16日 卵胞嚢腫、治療
    11月22日 鹿児島大学家畜病院入院、GnRH投与
    11月28日 am:GnRH投与、pm:AIしげふく
    11月29日 排卵
    12月 3日 黄体確認 hCG投与、退院

 (2)たかこ;牛、黒毛和種、雌

生年月日 平成8年8月10日、7歳

産暦 
平成10年10月 初産、雌 :平成12年1月 2産、雄
平成13年3月  3産、雄 :平成14年4月 4産、雄
平成15年5月28日 5産、雄、自然分娩

病歴
平成15年7月10日 初回発情、AI見送り、子宮修復中
同年8月10日 発情、卵胞嚢腫、ホルモン治療
8月5日発情、卵胞嚢腫、AI見送り
8月26日 発情、卵胞嚢腫、 AI見送り
9月11日、15日 ホルモン治療
10月15日 発情、卵胞嚢腫、 AI見送り
11月5日 発情、AI実施、11月16日 無排卵確認
11月22日 鹿児島大学家畜病院入院

  治療

平成15年11月22日 健康診断、血液検査、超音波診断:右卵巣の黄体嚢腫
11月27日 超音波診断:右卵巣の黄体嚢腫進行
11月28日 CIDR挿入
12月4日  PGF2α25mg投与
12月5日   CIDR除去
12月15日 朝GnRH100μg投与
              夕 人工授精 ヤスヒラ
12月16日 排卵確認:右卵巣
12月20日 黄体確認:右卵巣 hCG3000IU投与
              退院


黒毛和種、♀、7ヶ月齢、173kg10月27日 7ヶ月齢、食欲減退、発育不良で診療、
RBCオーバー、Hb 24.3g/dl、WBC8100, Ht 71%鹿大病院搬入、可視粘膜充血、
肺音粗雑、RBC2774万、Hb3.7g/dl、Ht73%、心電図、心エコー検査:軽度心肥大、心臓弁は正常

12月1日 予後不良で病理解剖

病理解剖所見栄養不良、被毛粗鋼、四肢末端部に擦過傷
副腎皮質、髄質の充出血
第四胃、肝、心外膜下の点状出血
肺動脈拡張
多血症の原因所見は見られず



外科疾患

(1) 右側股関節脱臼子牛、三島村産黒毛和種5ヶ月齢140kg
右後肢の跛行、右腰角の下垂が認められ、搬入。
X-rayにて、右大腿骨頭の骨折と診断、予後不良と考え剖検。

(病理剖検所見)

右大腿骨骨折大腿骨頚部偽関節形成
左脛骨近位端の骨折子牛、3カ月齢、84kg左後肢を負重せず、右後肢球節の下垂大腿骨骨
折子牛黒毛和種、2カ月齢、43.5kg
生後すぐより右後肢を気にしていたが、次第に負重しなくなった。
左後肢の球節が下垂してきた。
X-rayにて、右大腿骨骨頭骨折と診断し、農家へ返す。

  (4)関節湾曲症、黒毛和種、1ヶ月齢、蔵前獣医師平成15年10月27日 初診ギブス固定、
12月1日鹿大搬入

平成15年12月4日 ギブス固定
化膿性関節炎子牛の慢性化膿性手関節炎平成15年6月15日生まれ2ヶ月齢、♂、55kg
6月15日 右後肢斜骨折、ギブス固定
7月22日 ギブス除去、飛節周囲炎洗浄
8月11日 右前膝関節炎、自潰排膿
9月1日 大学家畜病院搬入、関節腔の洗浄、全身療法
9月12日 予後不良で病理解剖慢性化膿性手関節炎および肺水腫






質疑応答




Q1;趾間腐爛などに対し、臨床現場では局所的な治療のほか、牛床の衛生面で消石灰を用いて
いるが、ドイツではこのような対策をしているのか。また、これは有効だと思うか?

A1;(Dr.レハーゲ)ドイツは日本と異なり、火山地帯でないため消石灰を用いた畜舎管理は行
われていない。そのため、有効かどうかはわからない。


Q2;ドイツのプロの削蹄師は迅速に仕事をするようであるが、どのような方法で削蹄を行って
いるのか?(枠場保定、手順など)

A2;(Dr.レハーゲ)時間の節約には、アシスタントを1〜2人同行させて削蹄自体よりも牛の出
し入れをスムースに行うように心がけている。
枠場は、牛が地面から50cm位の高さにくるように設定され、
削蹄師が楽に仕事ができるようになっている。
枠場は、削蹄師が現場にもってくる場合と、地域の農家が共同で所有している場合とがある。
また、農家が獣医のところへ牛を連れてくるケースもある。


Q3;球節彎曲などのギプス固定は、蹄を含めて固定した方が良いのか?また、化膿性炎の処置
についてはどう考えるか?
  股関節脱臼については、犬猫のように手術適応例もあるのではないか、次回手術法を含め
検討したいと考える。

A3;(Dr.レハーゲ)ギプス固定は、蹄も含めて固定した方が良い。関節炎については、臍帯炎
の併発に気をつける必要がある。一般的に、炎症が1箇所の場合は予後良好であることが
多い。
処置については、2%ゲンタ生食あるいは0.1〜1%ヨード剤による関節洗浄を3日間
(4日間は刺激が強くダメ)継続し、その後、跛行の程度をみながら2,3日おきの洗浄を
行う。
また、その間の抗生剤(アンピシリンなど)の投与も忘れてはならない。細胞診や関節液の
細菌検査もするべきである。

  股関節脱臼については、牛の場合(子牛でも)外部固定術では強度に問題があり、大腿骨
1,2cm前方を切開して股関節に直接アプローチし、整復する方法が良いと考える。
  手術は、分娩後の牛を除き、確定診断後早く行った方が予後、治癒率は良好である。成牛、
育成牛の報告では、損傷後1〜3時間で手術を行った場合の治癒率は40%で、24時間を越
えるものは予後は極めて悪いとされている。


Q4;思牡狂の卵胞嚢腫でGnRHを低用量投与した場合、排卵しなかったり、排卵しても再発
してしまう牛が多いようだ。過剰排卵処置を行うときと卵胞嚢腫の治療ではGnRHの用量
はやはり全く違うものとして考えた方が良いのか?

A4;卵胞嚢腫の治療では、やはり高用量100〜200μg投与が望ましいようだ。過剰排卵処置時
にGnRHの投与量(25μg)を抑えるのは、高用量投与だと次のウェーブでの卵胞の発育
が抑制される傾向がみられる為である。
  また、GnRHの高濃度連続投与による卵胞嚢腫の治癒率は60~70%で、これはLHレセプ
ターのダウンレギュレーションが誘発され、かえって排卵しない傾向になるためである。
このような場合は、FSHの投与に切り替えた方が良い。

Q5;GnRHをどのくらい投与すると、ダウンレギュレーションが起きるのか?

A5;研究報告では500mgというものがあるが、現実的な臨床現場での値は示されていない。
また、外因性物質と内因性物質の関連を考慮し臨床現場では必ず直腸検査を行い、治療を
することが必要である。

Q6;排卵しそうにない壁の厚い卵胞嚢腫は、直腸検査で確認できるものか?
また、卵胞嚢腫の治療で、用手排卵を行う是非は?

A6;そのような場合、直腸検査では確認できない。ただ、発情徴候のある牛については子宮や
粘液の状態と照らし合わせると確認できる。
また、嚢腫卵胞は、LHレセプターの欠如があり、元来排卵しないものなので
無理に潰したりしても意味はないと考えられている。
それよりも、次に発育する卵胞に排卵を期待するよう処置を行うと良い。

A6;嚢腫を潰すのは、直腸検査のしやすさや人工授精師の混乱を招かないためにも有効な場合
がある。

A6;卵胞嚢腫の治療には、酢酸フェリチルリン200μgと酢酸ブセレリン20μgを1日2回投
与で、3日くらいたつとLH波が小さくなる。1週間後には卵巣静止または卵巣機能の
回復が見られる。(個体差はあるが…)

Q7;卵胞嚢腫に対する実質内注射はあまり効果がないとされているが、筋・皮下注で直りが悪
い時、実質内注射をやると効果が見られることがある。
それはさておき、発情から排卵までの時間が延長している牛の場合、A.I適期が判断しづらい。
ホルモン測定など簡易な判断方法はないか。

A7;RIAやEIAで判断できるが、簡易というには時間がかかりすぎる。また、GnRHを測定
するのが一番良いのだが、プロジェステロンを測ることである程度、牛の状態がわかると
考える。
血清を用いて10分で測定できるキットがあったが、現在は販売されていない。
(濃度が高い、中くらい、低いという判断ができる。)

Q8;現場では吸入麻酔は使用せずキシラジン単味で手術を行っているが、キシラジンの効果は
どのくらい持続するものなのか。また、妊娠牛への使用で気をつけることは。

A8;効果については、個体差など牛のその時の状態によって異なるため、一概には言えない。
妊娠牛については、胎子の呼吸抑制などに気をつけて使用するべきである。